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夜の底は柔らかな幻(紙ジャケット仕様) |
| 久保田早紀2007-05-09 - Sony Musi... 価格 ¥ 7,800 | |
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夜の底は柔らかな幻(紙ジャケット仕様)久保田早紀 Sony Music Direct 価格(new/used): 7,800 円 / 9,483 円 より 発売日: (2007-05-09) アマゾン売上ランキング: 34357 位 CD / 在庫切れ 収録曲のリスト [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0
/ 総数: 4件
今だから名作と呼べる!19歳の頃にリアルタイムで聴きました。 今まで聴いたことのない音やリズム、またそれらの音の組み合わせ。しかし何故か懐かしい印象がある、という摩訶不思議なアルバム。 これが久保田早紀としてのラストオリジナルアルバムである。 編曲に人生の伴侶である久米大作氏を迎え、時代を超えた音作りの名作だと、今となってやっと言い切れる。 当時はA面B面のあるLPレコードとしての発売。M1〜5はFortessimo Dream, M6〜9はPianissimo Dreamと命名されていた。 常に変化するリズム、耳慣れない音なのに、浮遊し落ち着く感じをあたえる編曲。 リズム、音の展開が読めない「メランコリーのテーブルクロス」。 「月の浜辺ボタンがひとつ」は南国のゆったりとしたリズムが心地よい。 「ねじれたヴィーナス」は新日本紀行か(笑)と思った和的な編曲。 曲間がなく続く「九月のレストラン」は単調な歌い方 「寒い絵葉書」ではリズムパターンの木が軋むような音のヨーロッパぽいリズムが頭から離れなくなる。 Fortessimo Dream では曲間が詰めてあり緊張感がある。 Pianissimo Dream では曲間が十分にとってあり、派手さはないがしっかりと聴かせる。 タイトル曲はポップソングライターの才をダイレクトに開花させた名曲。 「ピアニッシモで…」からは命名通りピアニッシモな雰囲気である。 「フェニキア」「見えない手」は久保田早紀の時々見せる高い丘からというか雲の上から世界を見ているような大きなスケールのある奇を衒わないシンプルなアレンジの曲である。 そう、「見えない手」はフェアウェルコンサートの最後の演奏曲だった。 サウンドの凄さもあるが、久保田早紀の書く詩の歴史観の長さというか世界観は今でも解読できない所も…。そして、その詩の世界観が何か大きなものに包まれている感覚を抱かせるのもまた聴きたくなる一因かもしれない。 そして、滅茶苦茶歌が上手いということはないが、久保田早紀の魅力のある声も聴き手を癒す大きな要因であるのだろう。 今でも新鮮な驚き今から20数年前に「夢がたり」と「サウダーデ」を愛聴していたが、その他に久保田早紀さんのアルバムが出ていることさえ知らなかった。当時から今に至るまで洋楽中心で、邦楽はたまたま人に借りたものしか知らなかったから。しかし、この2枚は本当に素晴らしくて、何度聴いても飽きない、聴くたびに新鮮な発見があった。 さて久保田早紀さんの全作品のリマスターが出たことを知り、まず、2,3,5,6,7枚目を購入した。どれも丁寧につくってあってレベルが高く、久保田さんの歌は魅力的である。その中でもこの「夜の底は柔らかな幻」はとびきり素晴らしく、誰かに勧めたくなってしまった。まず、古くささ、歌謡曲くささが全然ない。また、前々作まで引きずっていた「夢がたり風」と完全に決別して、新境地を拓いている。1曲目からプログレ風のアレンジがうれしい。4曲目、そっけない歌い方が新しい魅力。5曲目はアコーディオン中心のシンプルな伴奏に歌が映える。7曲目は少し歌謡曲っぽいイントロで始まるが、歌が始まると引き込まれる。8曲目は「異邦人」から脱却した世界遺産系。とにかく全曲詩も曲もアレンジも素晴らしい。全編で久保田さんの作品を作る喜び、自信が感じられるのは、おそらく現夫のプロデューサー氏に全幅の信頼をおいたおかげではないか。こんなに素晴らしいLPが全く売れなかったとは信じがたい。このCDをたくさんの人に聴いてほしい。 音の魔術師先に書かれている方もいますがデビュー時の歌謡曲、という括りから 完全に抜け出し新しい音楽を作ろうとしている雰囲気が漲っています。 歌詞も異国情緒というよりはどこか夢うつつの風景を綴られており、 次はどんな世界を魅せてくれるのかわくわくと好奇心が湧いてきました。 どこか変わっているけれども印象に残るアルバムタイトルやジャケットが気になったら、 買いでしょう。趣が違うとはいえゴールデンベストにこのアルバムの曲が 小品の「ピアニッシモで…」しか入っていないことは非常に残念です(代わりに入っているのが異邦人のカラオケバージョンであれば尚更)。 なお、現在オール読物で連載されている恩田陸の小説の題名はこのアルバムが元ネタと思われます。 人生の問題に対峙する最高傑作敢えて言えば本作はサイケデリックサウンドだと思うのだが、それにしても随分思い切った作品だと思う。本作はメロディ的にかなり変則的な曲風で構成され、いくら異国情緒満載とは言っても、それは単なる海外旅行で表面的な綺麗な部分だけを捉えているのではなく、実際にそこで生活している人々の生きる痛みが本作で描写されているように思う。また本作は異国情緒だけではなく、童謡のリズムやメロディのさりげない導入により、図らずしも自分の心に仕舞い込んでいる幼き日々への時間旅行をいざなう。正直申して、私はこの作品を聴いた当初は楽曲の描写によるあまりにも凄まじい心の迷宮への飛躍に非常に辟易した。特に「寒い絵葉書」で描写されている極寒の名も無きヨーロッパあたりの貧しい寒村の厳しい生活と「見えない手」で表現されている人生の根源の問題に、何度もスイッチを切ったものだった。 その後、ニューヨーク出身の「ドリーム・シアター」というプログレッシヴロックバンドを聴く方法論と全く同じ方法論で本作を試しに聴いてみて、ようやく本作が恐るべき最高傑作であることが自分としては判ったのである。もちろん本作がドリーム・シアターのようにメタリックな訳ではないが、特にドリーム・シアターが1999年に発表した「メトロポリス・パート2」と本作が何故か変拍子の使い方に共通点があるような気がする。音楽の超極限ともなると、共鳴する何かがあるのだろうか? このように、本作は恐るべき音楽性のポテンシャルを秘めているが、歌謡曲を聴く態度で本作を聴いても、収穫は少ないのではなかろうか。恐るべきモンスターアルバムである。ちなみに、本作のプロデューサーは当時の婚約者であり現在のご主人である久米大作(フュージョンミュージシャン)が携わっているが「早紀さんがフィアンセと一緒に作った引退アルバムだから、きっとセンチメンタルなんだろうな」などという考えは禁物である。その理由は上記の通り、この作品は「生きることの根源」を突き詰めた作品だからである。それにしても、久保田早紀はあまりに早く登場してしまったとよく言われるが、本作品に関しては21世紀となる現時点においても、国内音楽としては早すぎる。 久保田早紀は本作を以って芸能界を引退した。そしてキリスト教牧師の音楽版のような形で音楽を続け、現在に至っている。 |