ヒューマン・ルネッサンス

ザ・タイガース1994-06-01 - ポリドール 価格
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ヒューマン・ルネッサンス

ザ・タイガース
ポリドール

価格(new/used): -- 円 / 1,080 円 より
発売日: (1994-06-01) アマゾン売上ランキング: 28774 位
CD / 在庫切れ
収録曲のリスト
  1. 光ある世界
  2. 生命のカンタータ
  3. 730日目の朝
  4. 青い鳥
  5. 緑の丘
  6. リラの祭り
  7. 帆のない小舟
  8. 朝に別れのほほえみを
  9. 忘れかけた子守唄
  10. 雨のレクイエム
  11. 割れた地球
  12. 廃墟の鳩
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 5件

あの頃は汚れの無い真っ白な‥
花の首飾り、青い鳥、モナリザの微笑み、思春期の若者達にとってこれらの音楽がどのような影響を与えたのだろか。エレキギターは良くないと激怒してた大人に反抗してた若者。だが2008年現在、当時を振り返ってみて果たしてどれだけの若者が人を傷つけることを何とも思わなかった「人でなし」がいただろうか。答えはノーである。タイガースを始めオックスやテンプターズをこよなく愛した連中の心底には愛があった、優しさもあった人間に対する愛おしいヒューマニティーがあった、と思う。
このジャケットを見て懐かしいと思った人は40年間の月日が流れている。GSにして初めてアルバムとしての体裁を整えた画期的なものであった。と記憶している。
加橋かつみがジュリーを追い越すような勢いで人気が出た頃か。このディスクでも加橋の作詞作曲のもの、歌っているものと大活躍である。改めて聴いて我が10代の若さを思い出すヨスガとなった。
オリジナルメンバーの特徴が端的にわかる作品
今更再認識してどうという事はないが、このバンドの音楽面の幸運はジュリーの中音域に優れた主声、それに匹敵するトッポの高音と自身のベースに重なる深い響きを帯びたサリーの低音があったことである。特に本作ではトッポが自作3、track5,7,12でリードをとるほか、コーラスでも活躍ぶりがひと際目立つ。「出会い、命の芽生え、争い、破滅、荒廃からの再生」と生きる輪廻をテーマにした判りやすい構成。オケを配した典雅な旋律とタイガースの歌唱の調和に魅せられる。全てがいいとは思わないが、守ってあげたい少年の面影を残すトッポの澄んだ声でトリを飾る「廃墟の鳩」がコンセプト通りなのは当然として、ヒット曲「青い鳥」が不思議なほどピッタリでいい感じだ。それ以外の聴き所としては、やはり前述の声のハーモニーが活きたtrack1,2,3,6,10を挙げたい。

楽器演奏や曲創りの能力はこの際無視してもいいと思う。残された音楽が聴くに値しないなら何にもならないから。彼等がプロのクリエーターの舞台で踊っただけに過ぎなかったにせよ、本作は彼等なくして存在しなかったのもまた事実。背景を知らなければ、あるのは音、ただそれだけ。そしてここに残された音は賢明な判断による賜物と言える。
ホントに評価が難しい。。
気持ちはわかる。ホントによくわかる。痛いくらいに。

モンキーズが『HEAD』を発表したのと、非常に状況がよく似てる。

ただし、やはり演奏能力の異常なまでの欠落。そして、あまりにコンセプチュアルにまとめようとしすぎたあまり、あまりにもハイブローになってしまっている。

そしてモンキーズ同様、かなりの曲がメンバー以外の人間によるペンというのも、彼らのミュージシャンとしてのアイデンティティを奪っている要素でもあります。

聴けば聴くほどに味わい深いアルバムです。
「緑の丘」など名曲がいっぱい
昔のサウンドですから、今聞くとアレンジとかが古臭いかもしれないけれど、この曲の構成(曲順)やヴォーカルの使い方など、素晴らしいの一言ですよ。

一つのバンドで二人のヴォーカルというのは、今は珍しいのではないですか。私は個人的に「緑の丘」がとても好きです。

タイガースの最高傑作!
世間では、GS=不良というレッテルが貼られていたこの時代、GSとクラッシックの融合という形で対抗したのがテンプターズの「5-1=0」とそのライバル、タイガースのこの「ヒューマン・ルネッサンス」であった。これまでのアルバムやシングルとは違い、トッポこと加橋かつみが前面に出たGSオペラともいうべき、格調高いアルバムである。「730日目の朝」「青い鳥」(シングルとは別バージョン)といったメンバーによるオリジナルも収録され、また「雨のレクイエム」で聞かせるサリーこと岸部おさみ(現・一徳)の本格的バリトンボイスなど、まさにそれまでのタイガースはおろか、GSの常識を覆す歴史的名盤である。この路線をもっと磨いていけば、タイガースも本格的なアーティストとして違った道を歩んだかもしれないが、当時のレコード会社やプロダクションはまだまだ旧体制で、その軋轢が元でこのアルバムのリリース直後、最もアーティスト志向の強かった加橋は脱退を決意することになる・・・。