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ワーグナー・ライヴ in ザルツブルク |
| ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団1998-11-01 - ポリドール 価格 ¥ 1,937 | |
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ポリドール 価格(new/used): 1,937 円 / 1,500 円 より 発売日: (1998-11-01) アマゾン売上ランキング: 81400 位 CD / 通常24時間以内に発送 収録曲のリスト [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0
/ 総数: 4件
しみじみと歌われるジークフリート牧歌が、極上のウィーンフィルサウンドで聴ける!タンホイザーの冒頭から、ただならぬ緊張感の上に、カラヤンの確信に満ちた(ちょっと粘り、少し芝居がかった)解釈の下、それに120%答えようとするウィーンフィルが、スケールの大きな、まさに巨匠的な演奏を奏でる。 そして、ジークフリート牧歌では、カラヤンという指揮者の存在を忘れる程の、ただただ美しい最上のウィーンフィルの音が聴かれる。ここでは、カラヤンは、もうオーケストラに全てを委ね、自然に、肩の力も無駄な力も全て消えて、丁寧かつゆっくりと曲を歌わせている。カラヤン臭が全くなく、この曲のベストの演奏が生まれた。まさに、奇跡である。何度聞いても疲れず、癒され、また聴きたくなる、至福の時が約束される。この曲には、最遅グールド(オケが弱いため、荒くうるさく聞こえるのが本当に残念)、最美だが録音がモノラルのクナッパーツブッシュ/VPO、バランスの取れた味わい深いクーベリック/BPO、といった名盤がある。しかし、このカラヤン盤が、録音も良く、本当にフォルテでもうるさくならない唯一の演奏なのである。ベルリンフィルとの旧盤は、テンポも遅いくらいなのに、オケの音はキツく、カラヤン特有の粘りも散見され、とても好きにはなれないし、繰り返し聞く気も起こらない。 トリスタンは、言うまでもない。曲が曲であるから、冒頭から最高の音楽づくりが聴かれ、聞き終わって立ち上がれなくなる程だ。しかし、私は、一部の音楽評論家の評の通り、ここでのジェシー・ノーマンは、ベストの状態ではないと思う。彼女なら、もっと圧倒的な声を聴かせることが出来るはずで、ここでは、カラヤンに合わせようとし過ぎたためか、神経質な、ちょっとこじんまりとした歌唱になってしまったように思われる。あるいは、別の声質の歌手を選んでいれば、もっと感動的な比肩なき名盤になったのでは?と、惜しまれてならない。 私にとっては、これは、”ジークフリート牧歌”の決定盤として、なくてはならない演奏である。レビューの通り、カラヤンのベストの演奏の一つである。もしかすると、命ある最期に、聴いていたい演奏の一つかもしれない。 白鳥の歌わたしはカラヤンのファンとはけしていえない。彼の生涯の録音は膨大だろうし、そのなかには、1960年代のベートーヴェン交響曲全集、1988年に録音したブルックナーの交響曲第8番といった録音は、音楽の洪水のようなクラシックマーケットのなかでは繰り返しプレスされ続ける名盤であろうが、けして、わたしはこういったカラヤンの解釈に満足してきたことはなかったし、これからも、この録音を「わたしの聴いた最上の音楽である」とはいえない。しかし、これまで聴いたカラヤンの音楽では、このヴァーグナーはわたしが聴いてきたカラヤンの音楽では最高の部類に属するし、いままでのわたしのヴァーグナー体験のなかでも忘れ去ることができない一枚である。 これまで、こういったヴァーグナーの管弦楽をあつめたものでは、わたしはクナッパーツブッシュの録音やベームのバイロイトでの「指輪」の実況録音をひっぱりだして聴いてきたが、このヴァーグナーはクナッパーツブッシュの録音が古い時代の哀悼に満ちた大ヴァーグナーの伝統からの声であるならば、カラヤンのそれは生あるものが今生に告別する音楽であるし、ここには、ルノワールに匹敵するような油絵の厚みと色が溢れながらも、その「死」への憧憬をけしてぬぐい去っていない。とりわけ、生まれた子供への祝祭にあふれたジークフリート牧歌とその反対の地平にある愛の死は筆舌に尽くせぬ音楽だ。一人の音楽家が死へ向かう時にこういう「白鳥の歌」を奏でる。そして、ここには、希代の指揮者の「生」への別れがある。 カラヤンが引き出すノーマンの絶唱もちろんタンホイザー序曲やジークフリート牧歌も名演奏なのだが、何と言ってもこの盤では、ノーマンの絶唱がすばらしい。 ご存知の向きもあろうかと思うが、この時期のカラヤンの活動は映像化されている。私も拝見したことがあるが、その中でノーマンがカラヤンの「歌手を引き出すオーケストラのコントロール」について絶賛していた。 これに応えるノーマンの歌唱力もさすがだ。オケとソプラノが一体となった、ちょっとした「総合芸術」がそこに達成されている。 カラヤン晩年の名演晩年のカラヤンは、決して、よい状態だったとはいえない。まず健康上の理由で、彼は、立って指揮することができなくなっていた。また女性クラリネット奏者の入団をめぐってベルリンフィルと対立しこともあった(ザビーネ・マイヤー事件)。この問題は和解にいたり表面的には解決したが、この事件以後、カラヤンはベルリンフィルよりウィーンフィルを指揮することになる。 本CDは1987年夏のザルツブルク音楽祭におけるウィーンフィルとのライブ録音である。カラヤンは、この録音の2年後、1989年7月16日に81歳で没するわけだが、彼は、この録音当時、決して不治の病に冒されていたわけではない。また彼は死の直前まで、将来に対する前向きなビジョンを持っていたと伝えられる。 しかし、80歳を前にした人間が、死を意識しないことはないだろう。晩年の帝王は、全盛期の帝王とは違う。前者は、オーケストラのために、また、歌手のために指揮をしているかのように思える。つまり、この演奏からは無我の境地に達した芸術家の音楽を聴くことができる。人生の終わりにさしかかった人間の諦観。それは純粋で美しいだけではなく、完璧さをも、もたらすのであろう。≪タンホイザー序曲≫では、若き日のカラヤンとは違った完成度を感じさせる。 ≪トリスタンとイゾルデ≫の「愛の死」は、間違いなく歴史に残る名演である。ジェシー・ノーマンとのこの共演は、彼女の歌唱力により、大きな成果と成功をもたらした。のみならず、死を間近にした芸術家の技が、いかに素晴らしいかを知ることができる。 |