憂愁のノクターン

フジ子・ヘミング2000-08-23 - ビクターエンタテイ... 価格 ¥ 2,740
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憂愁のノクターン

フジ子・ヘミング
ビクターエンタテインメント

価格(new/used): 2,740 円 / 1,000 円 より
発売日: (2000-08-23) アマゾン売上ランキング: 1735 位
CD / 通常24時間以内に発送
収録曲のリスト
  1. ノクターン第1番変ロ短調op.9-1(ショパン)
  2. 「ベルガマスク組曲」~月の光(ドビュッシー)
  3. ノクターン第20番嬰ハ短調遺作(ショパン)
  4. エチュード ハ短調「革命」op.10-12(ショパン)
  5. エチュード イ短調「木枯らし」op.25-11(ショパン)
  6. いずこへ(歌曲トランスクリプションS.565-5)(リスト)
  7. ラ・カンパネラ(パガニーニによる大練習曲S.141-3)(リスト)
  8. プレリュード ト長調op.28-3(ショパン)
  9. プレリュード イ長調op.28-7(ショパン)
  10. プレリュード ロ長調op.28-11(ショパン)
  11. プレリュード ヘ長調op.28-23(ショパン)
  12. 即興曲変ト長調op.90-3(D.899-3)(シューベルト)
  13. ハンガリー舞曲第5番嬰へ短調(ブラームス)
  14. 乙女の願い(歌曲トランスクリプションS.480-1)(リスト)
  15. 版画(ドビュッシー)
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 28件

響き
芸術家は霊感がないといけない。と、解説に書かれているような、不思議な魅力を持つピアニストですね。 哀しい。でも、ちゃんと生きてきたじゃない。というか、力強い。 若いうちに認められたい。誰もが願うことだけど、人生はいつからでもやりなおせるかもしれない。 そんな勇気がもらえますね。エチュード革命は、気持ちを溜め込んで一気に弾く。みたいな、感じがします。 詳しいこと、芸術的なことは、わからないけど、きいていて、幸せなけど哀しい。 響いてくるなぁと。
☆幻想的な音色に浸る☆
フジ子・ヘミングさんのピアノは何というか…。幻想的な音だなと。現実世界を忘れさせてくれるものがある。情味がたっぷりあって、きかざってない所がいい。こういう弾き方をされるピアニストは少ない。もしショパンやリストが現代にいたのなら、きっと彼女のことを絶賛したことだろう。こういう心の支えになるCDをもつことは大切なことだ。このCDを聴く時に、部屋の明かりをけして聴いてみたらよいと思う。
感性が合うか合わないか、それが問題
 聴く前まで、失礼だが、フジ子・ヘミングさんは、ピアニストなのに聴覚障害者を売りにして感傷的な音を垂れ流し、聴く側も、聴覚障害者のピアニストということに同情して寄付する感じで商品を買っているのかと思った。弾く側も聴く側も、作品を芸術ではなく福祉の視点で聴いているという偏見が有った。クラシックってそういう風潮が有るから。
 
 しかし、実際に聴いてみたら違っていた。ブームになるのが理解出来た。
 確かに、技術はピアノ&クラシックの初心者の私が聴いても巧くないと感じる。上手く力が抜けている部分が有れば、力が入り過ぎの部分も有る。音の粒が揃っていない気がする。聴覚障害者というハンデも有るかもしれない。
 でも、技術的な面で重箱の隅を突付いて音楽を評価するのはつまらないです。彼女が背負ってきた人生の重み(しかし、押し付けがましくないし、重苦しくもない)、彼女の思想・感性・美意識が、濃厚な音色に乗って伝わってきました。少なくとも、技術は巧くても何の個性も伝わらない感じられないよりはましです。

 ハッキリ言って、万人向けでは有りません。誰が聴いても技術的に巧いと評価出来る訳ではありませんし、フジ子・ヘミングさんとリスナーの感性が合うか合わないかで好き嫌いが分かれそうだからです。でも、クラシックファンにはレンタルしてでもいいから聴く価値が有ると思います。
憂愁のノクターン
クラッシクCDでは異例の売り上げとなったラ・カンパネラに続く3作目のCDでショパン、リスト、シューベルト、ドビュッシーの作品が収められている。2000年に東京のビクタースタジオで録音されたもので、使用しているピアノであるSteinwayらしい響きの良い録音となっています。私はこのCDの中ではとくにドビュッシーの曲の演奏が素晴らしいと思います。彼女が歩んできた歴史の重さと音楽に対する愛情が溢れている演奏です。彼女の演奏は大変個性的で人によっては嫌いという方もいらっしゃいますが、私は人生観が溢れている彼女の音楽が好きです。
好き好きはあるとして。
“けなす”ほどの欠点とも思えないがなぁ。 この妙齢にしてこの迫力(しかし決して押し付けがましくはない)に圧倒され、瑞々しさには脱帽。
かつて晩年のホロヴィッツが来日した時の演奏に、「ガッカリした、ミスタッチの連続」とボロクソ言ってるピアニストを見たけれど、音楽ってそういうものなのか? と、そのピアニストの感性のほうが心配になったものだった。 見るからにピークを越えた芸術家の、たとえ技巧的でなくともそれでも訴えかける何か。 その背後に感じる何か。 そういうものが連綿と、クラシック音楽を現代まで繋げてきたのではないか?
耳が肥えているハズの人が「ヘタクソ」呼ばわりするのはおかしい。 きっかけ(TVね)はどうあれ、多くの人が、素人でもが、感じ取ったものを公共の場で見下すからには、ご自分の耳と感性に相当の責任を持って発言してもらいたいものだ。

いずれにしても、初めてNHKで見たとき、
「カンパネラを“必死になって”弾いてない人を初めて見た」
と思いました。 弾き終えても当たり前のように平然としていた。“どうだ、弾ききったぞ!”って顔になる人が多い難曲なんですが。

それだけで、伝わるものがあるのが音楽だと思います。
彼女の数奇な運命から「聴いてみようかしら」と思い立つ人にも、充分お奨めできる1枚だと思います。