マンダレイ デラックス版

ジェネオン エンタテインメント2006-10-25 - ジェネオン エンタ... 価格 ¥ 3,449
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マンダレイ デラックス版

ジェネオン エンタテインメント

価格(new/used): 3,449 円 / 2,000 円 より
発売日: (2006-10-25) アマゾン売上ランキング: 38765 位
DVD / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 3.5 / 総数: 8件

キッドマンからダラス・ハワードへ
キッドマンからダラス・ハワードへグレース役が変わった。ハワードは、シシー・スペイセクを美化したような、色素の薄いブランシェット系の美人女優。地味だけど美しい。

作品も、主演の変化に比例して地味になった。でもラストは痛烈。
うーん・・・
「ドッグヴィル」が期待より見ごたえがあったためか、
この「マンダレイ」はガクッと面白さが減ったように感じた。
ドッグヴィルに決着をつけたグレースのやり方には
それなりに納得がいったし、その決着に考えさせられるところが
あったが、マンダレイでのブラックピープルの結論は、
すでに「ショーシャンクの空に」で囚人が言っていることでもあり
新鮮味には欠けた。その点衝撃的なものもない。
そしてグレースの最後の鞭打ちは…
うーん、なぜいきなりそう出るかなぁ。。。と
ちょっと解せない。
自由、民主主義
 はっきりした人種差別を幸いにも身近にいまいち実感できない日本人の自分にとっては、身近に理解しあえない人達(身近に世代間がある人達の差や負け組、勝ち組の人達?)に置き換えて考えさせられる映画でした。


 主人公グレースは自由、民主主義という綺麗な文句を掲げて言ってる事は学校や教科書では大正解なことです。
 でも実際やってることは結果的に前の奴隷女主人とほとんど変わりません。
 住民全体が生活していけるように考えれば考えるほど、もとの奴隷女主人のやっていることと大して変わらなくなり、住民の生活は自由が出来た分、前よりもちょっとひどくなってしまうという矛盾と皮肉が込められています。
 そして最後には一番信頼していたティモシーに騙されていたと気づき、グレースはこの町を見限ってしまいます。
 
 結局黒人たちを受け入れる下地の出来ていないこの国で最低限問題なく暮らしていくためには、自由や民主主義なんていう看板だけの美辞麗句は存在しないのを受け入れ、今でも実際は奴隷制度は続いているんだと認識するべきだとこの映画は言っているように感じました。

 では黒人たちを受け入れる下地とは一体なんでしょう?
 この物語だと黒人のティモシーの罪を許すことなのかもしれません。
 人間誰でも罪を犯しますが、自分と異質な者が犯した罪ほど理解することをせずできず、許すことが出来ない気持ちが強くなる気がします。
 その罪を許す寛容な気持ちというのが受け入れる下地なのかもしれません。

 しかし、寛容すぎると人間の汚い心の部分が現れ立場が逆転して一作目のドッグヴィルのような悲劇がまた起こってしまうのかもしれません。


 救いのない映画ですが、とても現実的で深く納得してしまいます。
 多分ないと思いますが次の三作目でちょっとでも光を見せていただけると有難いです。
前作よりは落ちるけど水準以上の作品
「ドッグヴィル」では普遍的な人間の醜さを描いていたのが良かったと思うのですが、
本作で黒人差別問題を題材としたのはやや失敗かも。当事者でない外国人が取り上げても
何か空虚で奇麗事を言っているようにしか感じられません。マンダレイの農園に対するグレースの視線と同じように。

 社会システムとしての差別に纏わる差別をする側/される側それぞれの醜さや、善意の裏の
傲慢さなど普遍的テーマを抽出することは出来ますが、「アメリカ3部作」の一編である
ことやエンドクレジットの映像はそのような解釈を拒むような所があってどうもしっくり来ませんでした。

 しかし、グレースの善意がことごとく裏目に出て「ミイラ取りがミイラになる」様を突き放した視点で描き、
ラストで二重に捻りの効いた結末に着地させる描写・ストーリーテリングの妙には脱帽しました。
(アメリカのイラク政策に対する皮肉と読むのは深読みしすぎでしょうか?)
第三作が楽しみです
続編ということで、その衝撃に慣れたせいでしょうか。
舞台装置の斬新さや、揺れ動くカメラワーク、クローズアップの多用、
斬新な照明や台詞回し、など映像技巧的な面では、この2作目は、仕掛けと
いう点では、1作目と比べて瞠目すべきものあまりなかったと思います。

逆に、主役交代、ニコール・キッドマンに替えて、ブライス・ダラス・ハワード
を起用したのは、迫力不足。白人女性を黒人が陵辱するという
象徴的かつショッキングなシーンで、近代米国における、さまざまな
社会問題に切り込んだ、その体当たりな演出は賞賛できますが、
いかんせん、主役の存在がおとなしく地味で、ちょっと迫力不足。

シリーズ二作目ということで、中継ぎ的役割のせいなのか、どうなのか
わかりませんけど、ちょっと物足りません。

とはいえ、このシリーズは、それでも他者にマネできない、圧倒的な
エネルギーと哲学、難解さ、斬新さ、ある意味グロテスクさを
みせつけるという意味では、アメリカ三部作ということですので、三部作目
に、トリアーの真骨頂を期待したいものです。