秋津温泉

松竹ホームビデオ2006-02-25 - 松竹ホームビデオ 価格 ¥ 3,711
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秋津温泉

松竹ホームビデオ

価格(new/used): 3,711 円 / 3,200 円 より
発売日: (2006-02-25) アマゾン売上ランキング: 39658 位
DVD / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 3.5 / 総数: 5件

観念と情念
岡田万茉莉子映画出演100本目を記念して自ら企画を立てた作品だけあって、まさにこれは岡田さんの代表作と言っていいでしょう。 あの数々の和服姿の艶やかさといったら言葉になりません。 また映画全盛期の撮影所の底力で、1カット1カットが絵画のよう(あの舞い散る桜の花びらは小道具なのでしょう)に綺麗に撮られています。 デジタルリマスターで蘇ったこの作品、ケースのカバーの美しさも含めてDVD商品のお手本のような品です。

他のレヴュアーの方が仰っている通り、“映画でもって映画以外のことを語る”吉田監督作品の中にあって、これは唯一の情緒てんめんたるラブストーリー。 しかし、戦争という極限状態でのみ真に生を実感でき、戦後の平凡な生活の中に意味を見出せない人々−というのはやはりちょっと観念的な話です。 私はこの映画、理解はできますが話的にはあまり好きではありません。 まったく個人的な好みを言って恐縮ですが、どうも主人公周吉のように、死ぬ死ぬと言って実際には死なない文学者くずれーというキャラがあまり好きではないのです。 もっとも長門宏之はそういうタイプの男を上手く演じていて、それはそれでいいのですが。 ラストのバス停での新子とのやりとりなど、真剣なような滑稽なような小ずるいようなーで、確かに人間とはそんなものだ、というリアリティがあります。 ある意味でこれは吉田喜重版“浮雲”でしょう。 ただこの映画のヒロインは“浮雲”のヒロイン以上の情念の炎をラストで見せてくれます。 “浮雲”系列の作品がお好きな方にとってはこれは必見の名作でお薦めできます。
映像美で魅せるもう一つの「浮雲」
よく言われるけど、成瀬巳喜男『浮雲』と似ている。
温泉場が舞台、戦中戦後の不倫関係、女が死ぬラストなど、確かにあらゆる面が酷似。
一番の違いは、『浮雲』が脚本で魅せるのに対し、『秋津温泉』は映像で魅せる点だろうか。
叙情的な風景をカラーで映して、そこに美女を配し、詩情あふれる画面を構築。
ホント、この映画の岡田茉莉子はキレイ。
新子が大人に成長する過程も演じ分けているし、演技面も充実。
名作と比較されて何かと分が悪いけど、こっちも悪くない。

惜しむらくは、相手役の長門裕之が物足りないかなぁ。
軽妙が勝って、ちと青いというか。
ある種のズルさを持つキャラだから、軽妙でいいんだけど、もうちょっと知的な深みが欲しかったかも。
悪しきメロドラマの典型
まぁ、しかし…、
世の中には何だかよく解らない映画もあったもんである。
吉田喜重という監督の他の仕事はよく知らんが、まさかこれほどツマラナイ映画を作ってる人だとは思わなかった。
本作中に不倫(恋愛)関係にある主人公の男女2人の会話で、男「君のことがよく解らない…」女(笑いながら)「いいの解らなくて。私のことは私だけが解ってればいいのよ。」というようなやりとりがあったが、これこそがまさにこの映画を象徴する台詞といえるのではなかろうか。
要するに、物語が完全にヒロインの1人よがりの世界であって、観る者に訴えかけてくるものが何もないのである。

“秋津温泉”という地を舞台に、17年に渡る男女2人の恋愛関係を描いていくというのが大筋であるが、まず2人が、何で互いにそこまで激しい恋愛感情を抱き始めるのか、きっかけはともかくその心の推移がよく解らない。そしてその後、場所を隔てた市井の生活に堕落しきった男が、ことあるごとに“秋津温泉”に暮らす女のところに自分勝手に癒しを求めにいくのであるが、男のどこに何でそんなに惚れたのか、女は何年たっても、男がいつ突然やって来てもそれを簡単に受け入れ、自分をほったらかして結婚し子供までつくり、なおかつ都合のいいときにだけ自分を頼ってくる男に文句ひとつ言わず、一緒になろうとも言わないし、別れようともしない。女のほうも生活に疲れ廃頽し刹那の快楽の為だけに男を求めてるってのなら話はまだ解るが、この女主人公、男にいつも突然いなくなられると大騒ぎを繰り返し、大仰な音楽に乗って、悲劇の大ヒロインぶりを演じはじめる。その繰り返し。そしてあげくの果てには…。

ネタバレになるのでこれ以上書きませんが、悲劇のヒロインを演じたい人が、自分で悲劇を招き寄せては自己憐憫に浸って悦に入ってるのであるから、もう勝手にしたらって感じである。
岡田茉莉子、走る!
1962年作品、現在も一部に熱心なファンをもつ吉田作品がようやく単体発売、

本作は岡田吉田版「浮雲」としての企画と思う、もちろん本家「浮雲」には遥かに及ばない、原因は単純です、映画作家でありながら映画以外のものを語りたくてしょうがない吉田喜重らしい袋小路に迷い込んだ仕上がりだからです、加えて岡田の相手役を演じる長門裕之がこの当時はまだ線が細く役不足だった(逆に森雅之の凄さを思い知らされる)、

ところが映画を構成する一部分一部分には映画ファンを喜ばせる仕掛けが一杯で見所は多い、ワン・カット、ワン・カットの素晴らしい構図を圧倒的に美しい色彩で撮影、流麗に動くカメラ、林光の音楽、とこう書くと分かりやすいが林光のプロモーション・ビデオのようにも見えます、

岡田茉莉子は何を着ても様になる邦画史上最高の美女だと評者は敬愛しているのだが、本作では彼女が衣装も担当、戦中のつつっぽから戦後の高級な友禅まで彼女の素晴らしい着こなしを眺めるだけでも評者のようなファンにはおつりのくる映画、

本作で幾度と無く岡田が小走りするシーンが繰り返される点を特筆すべきと考える、雪中、草履を脱いで足袋のまま和服で走る岡田の美しさを記録したことだけでも本作が作られた価値はある、ところが走ることがもたらす感情の高ぶりがなぜか映画自体の高まりには貢献しない結果となっていることが吉田の映画作家としての限界だったろうと考える、頭が良すぎて道を間違えたたわけです、