花と蛇

東映2004-06-21 - 東映 価格 ¥ 4,689
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花と蛇

東映

価格(new/used): 4,689 円 / 2,260 円 より
発売日: (2004-06-21) アマゾン売上ランキング: 1458 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 3.5 / 総数: 31件

格闘試合?!・・・難解な映画
美しい倒錯で難解な世界を期待して観ましたが、見事裏切られました。
苦しい、痛い、辛い、可哀相、・・でも強い、そして本当に綺麗。
杉本彩の完全勝利!!
絡み・・というより試合(それもかなり激しい一流格闘家同士の死闘)
・・一言で言えばそんな感想ですが、
作品としての見ごたえは充分、期待して良い映画です!
(但しかなり疲れるので、簡単に映画を観たい時には不向き)

杉本彩さんは、TVでも、この映画の中でも、とても美しく好きですが、いつも全く色気が感じられない不思議な女優さんです。
この映画の中でも、身体も、顔も、表情も、ダンスも、縛られてよだれをたらしているシーンでさえ、最高に美しいのに、
全裸になっても全くいやらしさを感じさせないのは、さすがと言うべきか、残念と言うべきか・・
やはり、色気、いやらしさと言うのは、「ちょっと性格が悪そう」「ちょっと身持ちの悪い女性」
そして「媚び」あるいは「無垢」「計算してない隙」がないと成立しないのだろうか?
完璧な女性は性的にはそそられないのだろうか。
と考えさせられました。

撮影はかなり大変だったそうですし、本当に美しい全裸、見せきる潔さ、根性は素晴らしいですが、
どこかミスマッチのような残念感が残るので星四つ。

野村宏伸さんの演技はいつも同じで、今回も「虚勢をはっているが内心ビクビクしている青年」
しかし、そんな野村さんが出てくると、とてもホッとする不思議な存在感が印象的でした。
ものすごい状況の中で愛する家族(夫)に会えた時の安心感が出ていた気がします。

ストーリーについては「夢の話」として流してシーンづつを観た方が分かりやすいかもしれません。
バイオレンス映画
杉本彩の体を目当てに見たのだが、とんでもないことになった。
SM映画と思っていたのが、それもやや違う感じだ。
影の実力者である老人に目を付けられたボンボン社長(野村宏伸)の令夫人・静子(杉本彩)。
夫の裏切りで静子は想像もしない世界へと引きずりこまれることに・・。
杉本彩の体当たりの演技は鬼気迫るものがある。迫り来る死の恐怖と拷問の数々。
エロスどころかバイオレンスだ。果たしてボンボン社長は愛する妻を取り戻せたか?
大事なものは金では買えないのですね。
軽い気持ちで見始めたがすっかり引き込まれ、終いには縮み上がってしまいました。


縛りの世界を堪能したくて観たのだが・・・
杉本彩さんの美しさに未向さんの可愛らしさも加わり、キャストの選択は流石だと思わせてくれます。なにより司会進行役の伊藤洋三郎さんの怪しい演技がこの作品の中心映像となる「ショー」を大きく盛り上げてくれます。あの伊藤洋三郎さんの名演無しではこの作品の「ショー」は中途半端な演出で終わっていたでしょう。
が・・・この作品で描かれている縛りの世界は、少なくとも私の知る上での縛りの世界ではありません。
私も縛りは少なからず経験があります。でも・・・あれは只の拷問としか見れませんでした。団先生の作品にケチをつける訳ではありませんが、正直本当の縛りの世界ではないと私は思ってしまいました。
もし私が杉本さんや未向さんと一緒に同じ「ショー」に参加して同じように感じられるか・・・と聞かれたら迷わず「NO」と応えます。なぜならこの作品で行われている「ショー」の縛りには本来必要不可欠で、最も表現されなくてはいけない「愛と優しさ」が全く表現されていないからです。
もう一度言います。あれは拷問です。純粋な縛りの世界ではありません。完全に暴力的な欲望しか描かれていません。私が理解する縛りの世界の真髄を描いてくれていると石井監督に期待して観ただけにとても残念でした。

最後に一言。(サド)が愛と優しさをもって、(マゾ)に真の快楽を与えるための究極の手段の一つが縛りの世界なのです。
決して「拷問」や「暴力」や「レイプ」の世界ではありません。これだけは断言させて下さい。
実は誰もが内に持っているもの
じっくり見てみるとやはり杉本彩は美しいというのは別においておき、皆が持っている暗い本能あるいは煩悩のようなものを描いていたのではなかろうか。最近のメディアの報道姿勢というよりは大衆のエログロ趣味はえげつなくなっているような気がする。実は結構奥深いテーマを抱えているように見える。しかしながらどうしても写っているものは写っているものなので、話をする相手を相当選ばざるをえないのがつくずく残念である。
<この世は全てショー・ビジネス>―ひとつのアプローチとして―
暴力映画である。SM映画というより寧ろ、コッポラの「地獄の黙示録」に近いものを感じた。
キーワードは「ショー」である。この一語には暴力も、狂気も、全てが巨大な娯楽見世物と化した、私達の社会に対するアイロニーが込められていると思える。(昨今の扇情的な犯罪報道を参照されたい)
よって、舞台は人知れぬ山里ではなく、無数の人々の残酷な眼差しに晒される「都市」でなくてはならない。
後半部に示されるように、全ては巨大な夢物語(ショー)でありながら、現実そのものでもある。いまさら仮想現実などという概念を持ち出すつもりはない。あらゆる情報は不可避的に仮想化する契機を孕んでいる。つまり、「現実」に纏わる如何なる情報も、立場、見方を変えれば「楽しい見世物」となってしまい得るのである。古来、罪人の処刑には多くの見物人が集まるものだ。
「ショーの、始まりです!」――残酷なショー=現実を待ち望んでいるのは私たち自身なのかもしれない。
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