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裸足の1500マイル リミテッド・エディション (限定生産2枚組)ハピネット・ピクチャーズ 価格(new/used): 2,693 円 / 2,700 円 より 発売日: (2003-09-25) アマゾン売上ランキング: 27985 位 DVD / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 8件 人間の傲慢さ1931年の話です。 オーストラリアでの実話です。 白人が採ったアボリジニの隔離政策により混血児が施設に収容されてしまいます。 少女3人が1500マイル離れた母の住む自分達の集落へ歩いて戻るという話です。 現代の 「Rabbit Proof Fense」 (=ウサギよけのフェンス)が色々な意味を持っています。 悲しい話だけど、 つい30年程前まであった事実を忘れないようにしなくてはいけないと考え させられました。 人間は自分の考えを他人に押し付けがちな生き物です。 「善かれ」と思っての行いが、 人間の尊厳を傷つける最初の一歩にならないようにしなくては。 この映画は、1930'sから70'sかけてののオーストラリアの先住民アボリジニに対する隔離、同化政策(いわゆるStolen Generation)の歴史的事実をあらわした作品です。 アボリジニーの末裔の一部は、今も差別を受けながらcityや他の地域でコミュニティーをつくって生活しています。生活は大変厳しく、実際白人はしばしば「彼らの住む地域に行くことは物騒だし危険だ」と言う現実があります。 私たち日本人も同じように、例えばアイヌの人々を北の方へ追いやって差別したり、もともと国であった琉球を征服し日本の藩だと宣言して統治を始めたりと、非常な統治をすすめてこの日本を作ってきたといえます。ある地域をまとめ上げるためには、必ずそれまで住んでいた人との対立があります。どんな小さな自治体でも、その地域に元来いた人々に上から制約を与えること、もしくは弾圧することから自治が始まると言ってもいいかもしれません。 ですから国の統治というのは大変難しい問題です。この映画ではアボリジニに対する様々な政策がよく分かりますが、これらの政策を一概に良い、悪いと言うことはできません。 もちろん、アボリジニと白人がうまく共存できる国にオーストラリアになっていくことが一番望ましいですが、そううまくは行っていないのが現状のようです。この国はイギリス人が初めて入植して、つまり建国してからまだ2百数十年しかたっていませんが、アボリジニは4万年ー8万年ほど前から住んでいるといいます。しかし入植後、アボリジニの土地所有権は剥奪されつい最近ようやく回復が認められました。ですから、平等に暮らすには程遠いといえます。 日本人はこのような海外の状況を知らない人が多いと思います。むしろこの映画によって、オーストラリアにはこのような歴史的事実があり、まだ大きな問題をかかえている、ということを知るだけでも大きな一歩といえるのではないでしょうか。 文明の一方的激突この映画の原題は“Rabbit Proof Fense“ですが、これには二つの意味が含まれていると思います。1つは、この映画の主人公達が歩くときの目印としたフェンスの名称の“Rabbit Proof Fense“。もう1つは、白人である自分達を、ウサギのように脅かすアボリジニから守るための混血児隔離政策。 この、混血児隔離政策は、「原始的な」アボリジニを救うために、「文化的な」白人が考えた政策です。ここでは白人が悪役になっていますが、白人に限らず、日本人だって、どの民族だって、「先進国」になってしまうと、驕りが出てきてしまうものだと思います。そして、全くの自己中心的な考え方で、自分達流の生き方を「後進国」の人々に押し付ける。出発点は親切心であったかもしれないけれど、結局は歪みが生じ、そしてその実害を弱い立場にある者が受けるのはいつの時代も同じ。 「文明の衝突」なんてことばが最近出てきましたが、本当にあれは文明の衝突なんだろうか?「強い」文明が「弱い」文明に一方的にぶつかっているだけなんじゃないのか?そんなことも考えました。 自分の価値観を相手に押し付けることが、どんな悲劇をもたらすのかを、この映画を観てたくさんの人に考えて欲しいと思いました。 アボリジニの事をよく知ってほしい「母の待つ故郷に戻りたい一心で、大自然の脅威の中で、裸足で1500マイル先へ向かう少女たち」が映画では描かれる。日本の題名よりは「Rabbit Proof Fense」のほうがいいだろう。白人達は混血の少女たちを隔離して育てようとするが母親の元へ歩いて戻るという話。今の生活と母親との暮らしのどちらが少女の為になるか難しい部分が多く、白人文化の押し付けは、全アボリジニ住民には及ばず、白人との間に出来た混血児のみであるということに注目しなければならない。 アボリジニ保護局長を始めとする白人たちは、あくまで良心に従って行動しているように完全な悪役として描かれない。そのためこの映画で描かれている白人は、暴力シーンはほとんどなくむしろ好意的な印象を抱かざるを得ないのである。しかし、この映画は白人の手によって作られた映画であり、アボリジニにとって重要な歴史を全て語ることは不可能であろう。この映画の主人公は混血の少女たちであるが、彼女たちが混血化した理由はほとんどが白人によるレイプであるが、そういうことはこの映画では語られていない。アボリジニたちの生きる力の強さや賢さは描れているが、アボリジニを知らない人にはアボリジニのことがよくわからない映画である。白人たちがオーストラリアという土地では無力であり、それとは逆にアボリジニは少女であってもその土地で生きるすべを知っているということを強く主張したほうがいいのかもしれない。 史実に基づいた説得力のある作品シドニーオリンピックの女子400mでキャシー・フリーマンが優勝,素足でのウイニングランは印象的なシーンでした。 「失われた世代」と呼ばれる親子強制隔離政策や白人文化への融合政策,根強い人種差別など,虐げられた歴史引きずる豪州のアボリジニ社会。フリーマンの祖母はそんな隔離政策の犠牲者でした。 この映画は,そんな隔離政策の時代に焦点を当て,無理やり引き離された母親の元に帰ろうとした子ども達とそれを取り巻く社会,母親の愛などをドキュメンタリータッチで描いた作品で,子ども達の行動力と,親子の絆の深さに感動の涙が流れます。 |