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千年女優 |
| バンダイビジュアル2003-02-25 - バンダイビジュアル 価格 ¥ 3,889 | |
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千年女優バンダイビジュアル 価格(new/used): 3,889 円 / 2,600 円 より 発売日: (2003-02-25) アマゾン売上ランキング: 10987 位 DVD / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 69件 怨念めいてるある女優の悲運の生涯の結末とは? 『パプリカ』を見て以来、 今敏監督に夢中になっているのだけど、 本作も期待を裏切らないできばえ。 音楽も絵も本当に綺麗で躍動している。 スタッフロールを見ていると、あまりのスタッフの多さに鳥肌がたつ。 そしてその後に映画を見直すと随所に怨念めいたこだわりが…。 きっと『昭和タイムズ』なんかと相性抜群なんでしょうな。 女優の生涯ってドラマや映画以上にドラマチックだったりするんだろうな…と妙に納得してしまう。 死ぬときに自分の生涯を愛せたら幸せだと思うな。 ラブストーリーにあらず難解な玄人向け?と、思いきや、面白いのです。 社長とカメラマンのやりとりに、くすりとし、千代子の華麗な七変化に目を奪われ、気付けば夢中。 特に映像と音楽との融合は絶品です。 うん、面白かった。なかなかいい。そう思った終盤、千代子の最後の台詞。 完全にヤられました。 そうか。これは、そういう映画だったのか! 若い頃に、出会った「何か」に強烈な衝撃を受け、それを一生追わざるえなくなってしまった者の物語。 芸術家や、あらゆる創作者、研究者たちの内なる衝動を千代子を通して鮮やかに描いたのでは、ないでしょうか? 今敏監督や平沢進氏も、追い続ける業を負った人なのでしょう。 人生を狂わされ、追うことでしか、本当の意味で生きられなくなってしまった痛々しくも幸福な人々の讃歌。 期待を遥かに上回った作品でした。 美的に細密に光景が描写された・・・・私が尊敬する、日本声優界の大御所・飯塚昭三さん(立花源也役)が仰っていたことであるが、「『千年女優』は美的に細密に光景が描写された円筒形のものの周りを走っているような作品」である。実写以上に情景のディテールが表現されており、走馬灯の周りを回っていて、気がつけば出発点に戻っている。出発点からいろいろあって、回帰する、三島由紀夫ばりの輪廻転生譚、というスタンスは、今敏監督の作品全般にいえることなのである。 ヒロイン・藤原千代子のモデルは言わずもがな、原節子さんである。「永遠の処女」で、異常なほどの美しさ。彼女のイメージがあったから、飯塚さんが千代子を具現化するのも早かったという。 彼女の最後のセリフには、飯塚さんご自身もへたっと力が抜けられたそうである。千代子も一途、立花も一途。二人ともそういう意味では同じなのに、彼女の最後のセリフは一途な男にとっては凄まじい痛手。私としては、「飯塚さん。あなたらしい、『職人気質な漢』で通せて良かったではありませんか」と申したい。他方では悪役も多かれど・・・・。 千年見ていたい千年女優アニメ媒体であることを最大限に生かした疾走感溢れる演出と、 平沢進の音楽が怒涛のように迫ってくる。圧倒された。度肝を抜かれた。 予告編で受けた印象が「一人の男を追って千年生まれ変わり続けた女」というものだった。 そのため『一体どんな陳腐な恋物語なんだろう』と、平沢進の音楽聞きたさの私は 周囲の評価とは裏腹に正直内容に期待していなかったのである。 ところがどうだ。 音楽と一緒に加速度を上げて凝縮された千年を駆ける彼女の人生に釘付けになった。 エンドロール、ロタティオンを大音声で聞きながら こんなはずではなかったのにと私は滂沱と溢れる涙の処置に困った。 きっと他の方のレビューを見て、見ようか見まいか迷ってる方もおられると思う。 見終わった後100分無駄に過ごしたと感じてしまったらそれは申し訳ないがしかし 私はきっとこの作品は、その迷いをとても良い意味で裏切ってくれると信じている。 ラストの台詞が物議をかもしているようであるが 「あの人と会ったこと、恋をしたことで自分は映画の道へ進み、 彼を追いながら彼への思慕を抱いて様々な役を演じてきた。 恋を通じて歩んできた自分の生き方が、人生が好きなんだ。」 こう私は解釈したがどうだろう。 叶わぬと知っていてそれでも追う恋から生まれる力を私は純粋に応援したいと思うのだ。 千年、恋い焦がれてきました伝説の大女優・藤原千代子は、自身の半生を語るインタビューの中で女優としての半生とともに、ある男を想い続けた記憶をも呼び覚ましていく・・・。 描かれているのは、今敏がデビューから一貫して用いている現実と虚構が交錯していく世界。 しかしこの「千年女優」は、あるひとつのことを描いている点で独自であると思う。それは 「初恋は成就しない」というテーゼである。 千代子は偶然出会った逃亡者の「鍵の君」に初めて恋をして、彼の落とした「鍵」をその手に握りしめその行方を追う。 ところが、どんなに追いかけても彼にはいっこうにたどり着けない。 よくよく考えれば一度しか対面していない、偶然の出会いであるはずの彼をそこまで思い詰めるのは一見不条理にさえ思える。 しかしそれでも、「初めて恋した」という唯一性によって千代子にとって彼は掛け替えのない存在として立ち現れる。 恋とはこのように、ある偶然性を必然性と「読み違える」ことに根拠があるのだから。 この映画で描かれる超時間的な「片思い」は同時に「失恋」でもある。 しかし、それは確かに失恋ではあるが、数多ある「悲劇としての失恋」を描く類の作品と一線を画すのは、この作品によって現前するそれが、 「成長としての失恋」「掛け替えのない失恋」だからではないだろうか。 (これについては、相武紗季のPirotの消しゴムのCM―日記の「失恋しちゃった」という箇所を「いい恋しちゃった」に書き直すシーン―を思い出す。) 人を好きになるということ。それは具体的な対象の肉体を手に入れることで完了する合目的な営みだけを意味することではないことをこの映画は教えてくれる。 片思いが成就しなかったとして、僕らはその記憶―好きになった瞬間から、失恋に変わる瞬間まで―をすべて無意識のうちに抑圧するべきだろうか。 千代子ならそれをまっさきに否定するだろう。 なぜなら、結果的に失恋へと向かう道であったとその道程で、彼女は掛け替えのない経験をして、その経験によって今の千代子へと形作られてきたのだから。 失恋さえも人は自己のアイデンティティーに組み込めるのである。 たとえ結ばれなくとも「あの人」のことを想い続けたこと、恋い焦がれたことそれ自体で僕たちが成長できるということ。そのことをこの映画は教えてくれる。 |