豚と軍艦

日活2002-11-22 - 日活 価格 ¥ 3,590
home書籍CDDVDゲームソフトウェア家電キッチンおもちゃ・趣味
豚と軍艦

日活

価格(new/used): 3,590 円 / 3,280 円 より
発売日: (2002-11-22) アマゾン売上ランキング: 44234 位
DVD / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 7件

背中に流れるのは哀歌、それとも?
舞台は日米安保体制下の横須賀だ。
アメリカの水平たちが夜な夜な闊歩する街に、女たちの嬌声がひびいている。
高度経済成長の前夜、この街で女性が周到に生き抜くためには、みずからの春を売るのが最短の道だった。くちびるを塗り、胸元を飾った女性たちが、水平につかまって歩いた。
朱に交われば、赤くなる――。
経済苦にあえぐ年老いた母は娘に、金持ちの愛人になれという。
「姉ちゃんを見てごらんよ、春子」
四畳半の片隅で一身に化ける姉がいる。
「あんたはいつだって、家のことなんか何にも考えちゃいないんだから」

彼女、春子には一人の恋人がいる。下町の下っ端やくざの欣司(長門裕之)である。
バカで、アホウで、ドジマヌケな欣司だが、どうしてこうなっちゃっているんだかこの二人、物語が始まる前からカップルなのである。

「欣ちゃん! あたし、川崎のおじさんに頼んだんだ。おじさん、半日も仕事休んで勤め口探してくれたって。 ねえ、一緒に行こう? 川崎には、数え切れないくらい工場があるんだって」
「ヤだよう。そんなん、やってられっか!」

欣司の組は横須賀基地から出る残飯をもらいうけて飼料にし、食用豚を育てるという仕事をしている。上がいうことならば何でも丸呑みの欣司は、兄貴分たちが目の先にたらすうまい汁しか見えていないのだ。
それでも春子は欣司との約束をどうにか取り付け、横須賀駅の前で待ち合わせをする。欣司は仕事に決着をつけたら駅に行く、と言い残し、二人は別れる。

着いたばかりの列車から何十人もの女たちが飛び出してきた。飾り立て、ハイヒールを蹴り立てて、彼女らは桟橋に向かう。甘い声を上げ、ハンカチをその先に振る。それに手を振って答えるのは、タグボートにのった水平たちだ。

ラストシーンに流れるのは、軍艦マーチだろうか。単調な打楽器の音が横須賀港に響く。春子は一人、くちびるを拭う。女たちが春子の隣を駆け抜けていく。手の甲になすりつけられたくちべにのくれないは、いつか落ちていくのだろうか?
今に至る日米関係を戯画化
アメリカの後ろ盾で権力を維持してきた自民党政権が、
国際貢献を掲げて米軍への給油を強行している今観ると、ひときわ面白い。
しょせん、日本はアメリカのオンリー(愛人)か。

自活しようとする娘に、姉と母がオンリーになれと迫る。
何と複雑な構図だろうか。

とにかくパワフルな映画。
日本にもこういう映画をつくっていた時代があったのだ。
なんか見辛いね。
混沌とした基地の街を撮ったからか、非常に見辛い。ラストの豚の群れはいいなあ。長門はやっぱり桑田似。
同じような舞台背景なら、清順の「肉体の門」のほうが見易かった。
横須賀の街の情景が蘇ってくる。
この映画のことなど、十数年前に衛星で放映されるまでは全くわからなかった横須賀に生まれ育った30代の私ですが、全く見たことのない生まれる前の横須賀の情景が白黒のフィルムとともにとても懐かしい思いを蘇らせてくれました。

フィクションでもなんでもなく、幼い頃まで横須賀の町ってこんな感じだったし、今も、本町辺りではここまでの賑わいはなくても艦が入れば米兵が闊歩している横須賀の街の歴史を振り返るのに一役買っています。


黛敏郎の音楽が強烈な作品
 感性の違いなのだろうが、私個人は、こう言ふ映画は、好きに成れない。−−とにかく疲れる。−−はっきり言へば、嫌いである。ただ、面白いと思ふのは、思想的には、「保守」であった黛敏郎氏が、こうして、思想的には、自身の対極の位置に居たと思はれる今村昌平監督の映画で音楽を手がけ、この映画にぴったりの音楽を作曲して居る事である。−−黛敏郎氏は、映画音楽の仕事では、面白い作品を多々残して居る。−−メインタイトルの部分で、黛氏の音楽が、映画の高揚感を高めて居るのは見事であるし、ラストシーンでも、黛氏の音楽が、観る者に、強烈な印象を与えて映画を終わりに導いて居る事は、忘れられない。好き嫌いは別として、こう言ふ映画を生んだ時代が有った事は、記憶されるべきだろう。

(西岡昌紀/内科医)