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午後の遺言状 |
| パイオニアLDC2001-10-10 - パイオニアLDC 価格 ¥ 4,435 | |
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午後の遺言状パイオニアLDC 価格(new/used): 4,435 円 / 4,479 円 より 発売日: (2001-10-10) アマゾン売上ランキング: 22090 位 DVD / 通常3~4日以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 4件 今も残る避暑地の記憶老いと死に関して、そのテーマは観客が年代が高ければ高いほど物語に心の至近距離が近い。 もうここに登場された三人の女優さんもこの数年の間にこの世を去られた。 杉村さんも 乙羽さんも、当時この映画で賞をとられているが、認知症の役を演じられた朝霧鏡子さんは賞に昇っていないのが、ちょっと不満だ。だいたいこういう役だと演技としての対象から外れることが多いのは、演じやすいという先入観があるのだろうか。とよく思う。でも 朝霧鏡子さんの役、その無垢で無防備で儚い表情は非常に印象的であり、彼女がどこかで映画をつま背かせることがあれば、そうとうなダメージであったろうと思う。 それにしても杉村春子さんのプロとしての演技、実はそれで独立した楽しさを味合わせてくれるので、いつもながらうなりつつ拝顔してしまう。 映画での役がまた、演劇人としての彼女をそのまま持って来たものといってもおかしくないので、もうなんの遠慮もなく演じておられたのが清清しい。 「次はどう出てくるか・・」といった彼女の演技を見ることの楽しさがあって、だからといって映画の主題を壊しているわけではなく、それは映画の終りの彼女の為のラストショットを見れば納得されることだろう。 しかも、彼女の台詞は聴き取りやすい。演技の押しの強さみたいなものが発声にも勢いを持っているし、映画に芯の通ったような頼りがいを持たせ、しかもそれは何故かどうみてもユーモアを合わせもって表れてくるから、重いテーマであっても作品は堪え難いものではなくなる。 乙羽信子さんが飄々と相手を演じるが、それが間を空け、無気味に場を落とし、つかみどころをまたさっと逃がしてくれるようで、描かれていた物語のテーマの重さを「公案」のようにして、映画の後味も不思議にひと夏の避暑地の想い出のようになった。 おふたりの最後の作品にしてもまったく不都合はないと思われていることだろう。 2大女優の遺作「欲望という名の電車」のブランチ役を長年演じてきた新劇界のカリスマ・杉村春子は、自身舞台女優役でカメラ(観客)を意識した独特の間と台詞まわしをする。一方、映画女優として一時代を築いた乙羽信子は、カメラの存在を感じさせない透明感のある演技が光っていた。 映画の中で、大女優森本蓉子(杉村)が避暑目的で一人別荘を訪れ、そこでまかないをする豊子(乙羽)との心の葛藤・交流が描かれている。認知症におかされた昔の舞台仲間登美江(朝霧鏡子)とその夫・藤八郎(観世栄夫)を別荘に迎え入れ、懐かしい思い出に久々に心が満たされる蓉子。しかし、豊子と今は亡き夫との不倫関係を知り呆然自失となる。さらに登美江夫妻が海で無理心中を遂げたことを知り、がっくりと肩を落とす二人・・・。 人生も最終コーナーにさしかかると、<死>が現実問題となってしのびよってくる。亡夫の不倫発覚で一度は仲たがいする二人であったが、身近な人間の死に遭遇し、豊子の娘の足入れ式に<生の輪廻>を見た二人は、残された人生を前向きに生きようと決心するのだ。肩から力の抜けた2大女優の演技には、ワビやサビを通りこし、<死>への覚悟を決めた潔さまでも感じられる。 新藤監督が、実生活の伴侶でもあった乙羽の死を予感しながら撮ったとされる本作品には、劇中の豊子と乙羽の人生との間にかなり重なる部分を見出すことができる。おそらくこの映画は、妻の死を目前にして新藤監督自身が映像で紡いだ<遺言状>であろう。午前中でも夜でもなく<午後>としたのは、日付が変わる(最期の遺言状を書く)まではまだまだ映画を撮り続けまっせ、という監督の前向きな姿勢の表れか。 印象深い作品~おなじみ新藤兼人作品である 乙羽信子と杉浦春子が出演している作品で、新藤兼人作品ではおなじみであり、新藤兼人監督の妻でもある乙羽信子はこの作品が遺作となってしまった。 ちなみに新藤兼人監督は1番目の妻と死別し、2番目の妻と離婚をして乙羽信子と一緒になっている。それでも別居状態を続けていたと言われている。この「午後の遺言状」のシ~~ナリオを書き終えた頃に、主治医から乙羽信子が肝臓癌で余命が1年程度であることを告げられ、本人には知らせぬままに女優乙羽信子の最後を飾る作品として撮り始めたというエピソードが残っている。 その最後の作品と思うと、昔の女優だと思っていた乙羽信子の出演する新藤作品もいつのまにかカラーとなり、時代も大きく変化し、豊かさを増していった時代~~に変わってきた。そして医学の発達と共に高齢化時代を迎えようとしている時に、老人としての一つの生き方の様なものを示してくれた作品だと思ってしまう。 年老いた女優である杉村春子の避暑地での別荘を舞台として描かれたこの作品では、乙羽信子は地元蓼科の農家主婦。そして別荘を管理しながら生計を立てていて、その関係が30年も続いている。そして~~娘がもうじき嫁いでいこうとしている今年、急に杉村春子に対して態度を変えて、自分の娘が亡くなった杉村春子の夫であることを伝える。 その伝え方も、伝えられた方の杉村春子のリアクションもまた、人生を長く生きてきた同士の柔らかさに満ちていて、安心して見ていられる。そういう関係の作り方が、長く生きてきた同士の中にあるのだろうなと思うと、年~~をとることに安心感を持っていられる気がしてくる。 新藤兼人作品で一番はやはり「裸の島」なのだが、この「午後の遺言状」はかなり印象深い作品だ。~ とにもかくにも「芝居」に生きる人たちに会える。杉浦春子も乙羽信子も知らなかった時に、これを観ました。 改めて観ると、本当に「芝居」に生きた人たちなんだなぁと思います。 前半部分では、かつての親友が「痴呆」(いまは「認知症」という言葉ができたそうですが…)になってしまったことへの衝撃ととまどいと感傷をひしひしと感じながら観ていました。しかし、そんな中にも「痴呆」ならではの(?)、微笑ましいエピソードというようなユーモア感覚があります。 全員が手をつないで歌いながら歩いていくシーンは、私的には「伝説」です。この映画の中で、もっともキラキラ輝く、美しい場面です。 老いた主人公たちとは対照的な豊子の娘。物語の中で結婚し、彼とふたり、バイクで「新婚旅行」へと向かう彼女の快活さは、画面でも映えています。が、彼女が輝けば輝くほど、私は、ある種のもの哀しさを感じずにはいられませんでした。その明るさ・素直さが、観れば観るほど、胸につっかえてしまうのです。時代は変わったとしても、世代から世代へと受け継がれていく「血」のようなものを感じて。 |