欲望のあいまいな対象

東北新社2001-01-30 - 東北新社 価格 ¥ 10,000
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欲望のあいまいな対象

東北新社

価格(new/used): 10,000 円 / 8,380 円 より
発売日: (2001-01-30) アマゾン売上ランキング: 58612 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 4件

なんとも幸せな男
この様に愛されたらどんなに幸せかと思う例が、ルイス・ブニュエルの「欲望のあいまいな対象」です。出演はフェルナンド・レイ、キャロル・ブーケ、アンヘラ・モリーナです。キャロル・ブーケは美しい上に男の心の急所をぎゅっと握ってしまう何かがある、とてもフランス的ゴージャスな女。アンヘラ・モリーナはもう一人の女性主人公役の女優で、あまりうっとりとはしませんが、一人の女性の役をキャロル・ブーケとアンヘラ・モリーナの二人で演じ分けているのです。話はコンチータと言う女性をフェルナンド・レイがひたすら口説くのですが、コンチータはその気にさせておいて、最後の最後でレイの手には落ちない。その上他の男との関係をわざとにおわせ、レイをやきもきさせるのです。これの繰り返しですが、最後のシーンでコンチータが本当にレイを愛しているのではないかと思わせるシーンがある。スペインからパリへの列車の中でコンチータがバケツの水をレイの頭からぶちまけるのです。その後ショーウインドウの人形が何かを暗示し、自動車がテロで爆発するシーンで終わるのです。この後すぐルイス・ブニュエルは亡くなったので、この意味深な結末がなんなのか解らずじまいになっていますが。なにしろキャロル・ブーケがいい女で、その女がここまでしてくれるのですから、レイを対象に何かわからないが大きな心のエネルギーを持っていることは確かで、これは愛だとしか思えないのですが(でなかったら大きな憎しみしかないでしょう)、キャロル・ブーケ扮するコンチータにここまで構われれば、男としては最高の幸せです。私は、コンチータがこう考えていると思います。レイの自分に対する欲望はあいまいであり、最後の最後で思いを遂げる事が出来ないからこそレイの自分に対する欲望は膨張する、思いを遂げる事が出来ればレイの欲望は終わるだろうから、レイの欲望が膨らめば膨らむほど、嫉妬に狂えば狂うほどコンチータはレイの愛を感じる事ができ、狂喜する。レイを愛するあまりここまでの事をレイにさせた。これも愛の最高の表現の一つ。これが愛なのか自己顕示欲なのかは微妙なところですが。フランス映画のこの”あたり”が好きな方はぜひご覧下さい。
スペインの名花アンヘラ・モリーナが見られる貴重な作品
原作のピエ−ル・ルイスの小説「女とあやつり人形」は「新カルメン」(1920年)、「女とあやつり人形」(1929年)、「西班牙狂詩曲」(1935年)、「私の体に悪魔にある」(1958年)と既に4回も映画化されているのに、1977年、ルイス・ブニュエル監督は敢えて再映画化しました。初めはコンチータをマリア・シュナイダーで撮り始めましたが、行き詰まって撮影中止。プロデューサーと飲みに行ったとき、突然思いついたのが奇想天外な二人一役だったそうです。老いてもなお悪戯心を失わないルイス・ブニュエル監督の遺作です。スペインの名花(?)アンヘラ・モリーナが見られる貴重な作品でもあります。
感動した……
同じヒロインをシーン、ときにはカットによって娼婦的な雰囲気の女性と淑女的な雰囲気の女性の二人の異なる女優が演じる。男の視線にとっての女性の二面性を象徴(てか直喩?)しているわけだが、こんなあんまりな演出さえ、奇をてらっただけに終わらずハマっているところがすごい。思うままにできない女に思うさまふりまわされる中年男が主人公で、男にとっての人生の本質は女性への欲望にほかならないということの滑稽を大まじめに描く。その視線はシニカルでいて愛がある。こんなおかしな作品が遺作とは、ブニュエルとは最後までブニュエル的なまったく感動的な巨人であった。
強烈なアイロニーと文明批評
映画史上初の試みと言われた二人一役のヒロインに翻弄されるフェルナンド・レイの初老の紳士を描いた、強烈なアイロニーと文明批評に満ちた傑作映画です。主人公同様に見ている方も最後の最後まで翻弄され続け、やがて人間と社会の不可解な存在に思い至る、という構造の映画です。ルイス・ブニュエル監督の遺作となりましたが、日本公開はやはりだいぶ遅れ、映画会社へ何度となく公開リクエストを出したことが懐かしく思い出されます。主にフランスで撮った後期ブニュエル映画はほぼ全作品とも高レベルなので、どれか1本見て気に入れば、この老獪な作家の作風とはわりと相性がいいということなので、ほとんどの作品は外れがないはずです。とりわけ、この作品では人を食った設定は相変わらずながら、いかにも映画的なストーリー展開でこれまで以上にストレートな面白みがあり、自身の「エル」等メキシコ時代の傑作に近い味がします。そしてラストは……?というシュルレアリストの真骨頂発揮といったちょっと衝撃的展開で、見るものに「考える」ことを強要してきます。このオチはやはりブニュエル中期作品である「砂漠のシモン」(本邦劇場未公開・自主上映のみ)や「銀河」等の傑作群も彷彿とさせ、そして見事、自身の映画人生の最後を大団円で締めくくったような終幕にもなっています。