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わたしの名は「紅」 |
| Orhan Pamuk - 藤原書店 価格 ¥ 3,885 | |
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わたしの名は「紅」Orhan Pamuk 藤原書店 価格(new/used): 3,885 円 / 2,469 円 より 発売日: (2004-11) アマゾン売上ランキング: 81420 位 単行本 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 8件 言葉の波に心地よく打たれる600ページ余りの大作。それに見合うだけの濃密さ、と言うだけでは済まされない程の恐るべき、あるいは魔力的とも形容してもいいだろう文章力。しかし未読の方は御安心を。決して難解さや晦渋さは感じさせない。溢れ出すような言葉でもって描かれるのは、絵師同士の殺人事件、それを主軸として、当時のオスマン・トルコ時代の細密画工房の人間模様、ベネチア経由で伝え知らされる近代遠近法の手法が彼らの心技共に及ぼすただならない影響、絵師の1人カラのある婦人に対する恋心、当時のイスタンブールの市井の人達の暮らし振り、スルタン等貴人高官達の立ち居振る舞い等々、それぞれの登場人物、いやそれどころか、樹木や犬、金貨、絵の中の馬、そしてタイトルの如く「紅」という色にまで59の章でもってそれぞれに語らせていく。事件の行方を追いながら、生活から芸術観に至るまで、まさしく細密画の如き文章力で描き尽くされているのは圧巻と言う他無い。しかし繰り返すが、ノーベル賞作家の肩書き、作品の分量等に怯む必要は無い。読了するまで何日かかっても構わない。その作品世界にどっぷりと浸って頂きたい。(くれぐれも速読、抜き読みは厳禁) 「紅」き死の仮面1998年のオルハン・パムクの作品。16世紀のオスマントルコ帝国で起きた細密画師の殺人事件を解くといったミステリーの形を取っている。カラとシェキュレが比較的主人公といった感じであるが、一人の主人公の1人称で語られるので無く、登場人物すべて、時には人間で無い物なども主人公になる。各章すべて語り手が違うといった構成になっている。このため主人公に感情移入させて小説を読む人に多少分かりにくく感じるかもしれない。しかし全体を把握しやすく、ミステリーを解くといった楽しみにはこのアイデアは素晴らしい。だがミステリーだけの作品では無い。基本的にはイスラム教では偶像崇拝になる為、絵を描いてはいけない。しかし時代の変遷や王達の傲慢の為、細密画工房という物をスルタン達は持っていて、お抱えの絵師に挿絵を描かせる。その王の庇護の元での工房のスタイルという物が生まれる。それは時代によって中国の影響も受ける。アラーの神の見たままを描くという立て前と宗教的欺瞞があるにはせよ、彼らは自分という物を出してはならない。個性を表す署名もスタイルも認められない。そんな所にヨーロッパの個人主義の肖像画や遠近法の画が次第に流入して来た時代の「我らも見たままを描きたい」「それは背信か?いや我らが見たという事はアラーの神も見たのだ」という狼狽と苦悩や個性を出すという事は他人への嫉妬と権勢欲も産み、様々な思惑が渦巻いているという背景がある。トルコの作家が自国の宗教と歴史に当てはめて描いているが、結局は西洋の他の多くの作家と同じ様に国家と個人のアイデンテティといった物を描いている作品。「紅」という血潮、個人主義の芽生えは支配者の王国を覆す息吹となろう。宗教への妄信という部分はどうだろう。それを問題意識とするのは西洋的な見地もあるから、この作家がそこまで書いてるとは思えないし、商品説明にある作者はイスラム原理主義を強く凶弾する云々という所は誰が書いたかしらないが、そんな隠喩はこの作品には書いていない。それだと作者の意図をあまりにも安易に取りすぎであろう。そういう次元では無い。作者はむしろ逆の観点からも実存主義的見地からも深く思考を繰り返し精神的安寧を得た上で本作を書いている様に思います。ちなみに作者自身が作中にある登場人物として出てくる。自嘲的な事や家族への愛情も表現している。この辺りに余裕と安らぎと郷愁が感じられる。「薔薇の名前」とよく比較される様だが、テーマ的には全然違うが日本の京極夏彦の「鉄鼠の檻」とも似ている。 細密画家の葛藤物語が殺人事件で始まり、ミステリー仕立てになっているが、普通の感覚で謎解きしようと思っても、犯人はわからないのでは?私はなぜか早い段階で某が犯人であると思い込んで読み進めてしまい、ちょっと損したような。なぜ勘違いしたのかと、読み返したもののどうしても思い出せない。 それはともかく、物語の主題でもある細密画家の葛藤は、東洋と西洋の文化の結節点であるトルコのまさに宿命なのであろう。写実に惹かれる画家としての本能と、見てはいけないというイスラムの教え。その葛藤から殺人事件さえ起こる。 エキゾチックな気分を楽しみつつ、トルコという国、イスラムの文化について思いを巡らせた。 もしも、イスタンブールに憧憬があり、トルコの歴史と美術に知識があるなら、読み応えのある本。原文のせいなのか、翻訳のせいなのか、とにかく読みにくい本との印象を受けた。しかしその読みにくさ、内容のある種の不可解さ(例えば、当時の細密画の在り様)は、エキゾチシズムの源泉としての機能も併せ持っているのかも知れない。 本書の愉しむには、イスタンブールの歴史、イスラムと西洋世界価値観の違い、またトルコ芸術についての、ある程度の知識が必要だろう。文化的背景を共通する日本人作家が書く分り易いミステリーを読む感覚では、到底最後まで読み通すことは出来ない一冊である。 しかし、訳者の能力も高いのだろうか、随所に素晴らしい文章が散りばめられてもいる。イスタンブールに興味のある人は、一度はチャレンジしても良い本だろう。 きわめて知的でありながら、単純に楽しめる娯楽大作通俗的なミステリーの鉄則として、 「いきなり死体を出せ!」というのがあるそうで、 それを地で行くかのように、冒頭で一人の細密画師が殺され、 容疑者を限定した上で犯人探しがおこなわれるのだが、 犯人は明かされないまま第二の殺人が起こり、 事件はスルタンの宮廷をも巻き込んでいく。 カラとシェキュレの恋愛模様を一方の興味の焦点に据えながら、 語り手(人間ではないこともある)が頻繁に交替する手法を取ることで、 覗き趣味的な興味も交えつつゆるやかに進む物語は、 臆面も無く「娯楽大作」しているのだが、 それを綴る文章はあくまで緻密で香気高いものだし、 (「訳文が読みにくい」との評もあるようで、 たしかに主語の省略がやや多過ぎるような気もしたが、 16世紀末のイスタンブルを舞台とする本書には、 どこか細密画を思わせるような浮世離れした感じを与える訳文が、 むしろふさわしいと言えるかもしれない。) 犯人探しの手がかりと密接に絡み合うかたちで 裏の主題としての細密画論が展開される点も深く考え抜かれており、 全体としてはきわめて知的で密度の濃い作品に仕上がっている。 あえて欠点を挙げるなら、 ・三人の細密画師がじゅうぶんに描き分けられていないように思えること、 (もっともこれは、ある程度までは意図的なものかもしれない) ・クライマックスに至る過程で、登場人物のセリフがやや冗長に思われたこと、 などがあるし、個人的な好みを言わせてもらえば、 ・最後までエンターテイメントとしての枠組みを破らず そつなくまとめているところが逆に物足りない、 という気もしないではなかったが、 とりあえず上質なミステリーを楽しみたいという方には 自信を持って勧められる第一級の作品だと思う。 |