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インド仏教はなぜ亡んだのか―イスラム史料... |
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北樹出版 価格(new/used): 2,205 円 / 1,464 円 より 発売日: (2004-05) アマゾン売上ランキング: 366030 位 単行本 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 3件 これは他人事ではない!インド佛教の滅亡は、決して他人事ではない。第一日本人は欧米人に較べて極めて平和嗜好であるが、それは日本人にとっての土着信仰である神道も、日本史上で最も豊かな伝統を持つ外来思想である佛教も、共に平和志向なのであり、キリスト教やイスラム教程に独善的でも好戦的でもないからだ。要するに、宗教に関心が薄いにも関らず、日本人は案外と佛教的なのだ。 奈良康明氏の言う通り、日本史上で佛教が果した役割の大きさは、ヨーロッパ史上でキリスト教が果した役割の大きさに匹敵する。其れが証拠に、西紀十三世紀にヨーロッパではあの有名なトマス・アクィナスが名著「神学大全」を著したが、同時代の日本では其れに数十年程先駆けて、この「神学大全」に比肩すると言っても良いスコラ哲学的大著、「成唯識論同学鈔」が成立している。この「成唯識論同学鈔」とは、奈良佛教は法相宗の中興の祖解脱上人貞慶の弟子達が、貞慶を正統とする立場から、貞慶が生前に多数遺した草稿等を纏めて大著に編纂した物である。あの鎌倉新佛教の宗祖達が活躍した時代にだ。 其れほど知的功績が大きいにも関らず、何故現代日本人は宗教に此れ程無関心で現世主義的になったのか、何故カルト宗教がこんなに流行っているのか、それを考えさせて呉る大きなキッカケにこの本がなるだろう。 真言密教の意外な起源についての記述も注目だ。殆ぼ同時代に遊牧民であるアラブ人が地中海やイラン等の諸文明を融合させてイスラム文明を築いているが、それと類似する役割をある民族が果したのだ。 正直研究としては未熟だが、大アマで星5つにしてみた。 仏教研究としては型破りの視点だが従来の仏教学の方法論に飽き足らず、 人類学・比較文明論などを幅広く援用しながら、 インド仏教滅亡の謎を解こうとする著者の視点は きわめて斬新なものであると言えるし、 今後の研究の進展に大きな期待を抱かせる。 惜しむらくは、初版からわずか一年後に 改訂版が出ているにもかかわらず、 推敲不足によると思われる生硬な文章が頻出し、 論考全体の説得力をわずかに弱めてしまっている。 表紙のデザインにも、もうひと工夫欲しかった。 インド仏教は在家信者との絆が希薄だったのでは?著者は序文で、“本書は、インド仏教の衰亡をメインテーマに据えたおそらく世界最初、少なくとも我が国においては最初の書物である。”と述べた後、その重要性を、“インド仏教衰亡の研究は、仏教という一宗教の衰亡という単純なものではなく、仏教を中心に構成された社会集団を含めたトータルな存在、つまり仏教文明の衰亡ということになる。”と指摘する。 そして、文化・文明という社会科学の視点から同時代の文献である『チャチュ・ナーマ』と『大唐西域記』を比較し、“インド仏教は、ヒンドゥー教への対抗勢力として支持を受けたが、イスラム教という抗ヒンドゥー教勢力の出現により、仏教がインド社会で担っていた役割が不安定となり、やがて、より強力な抗ヒンドゥー教勢力であるイスラム教にその地位を奪われた。”という結論を想到する。 さて、著者の視点はインド仏教の滅亡を対立の構造で捉えようとしている。しかし、本当にその見方が適切なのであろうか?例えば現在のスリランカでは、イスラム教徒の男性が足の裏に彫った仏陀の入れ墨を踏みつけ、イスラム教徒の女性はパンツの裏に仏陀を描いて汚しているほどであるが、釈尊の教法を伝える上座仏教は在家信者から深い帰依と信頼を得ている。一方、日本やチベットでは釈尊の教法ではなく変形した大乗仏教が多くの在家信者を獲得している。 そう考えると、在家信者との連携の強さこそが重要に思える。要するにインド仏教の弱さは、ヒンドゥー教やイスラム教に比べて在家信者との絆が希薄だったということではないだろうか? |