巨匠に教わる絵画の見かた

- 視覚デザイン研究所 価格 ¥ 1,943
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巨匠に教わる絵画の見かた


視覚デザイン研究所

価格(new/used): 1,943 円 / 799 円 より
発売日: (1996-10) アマゾン売上ランキング: 60373 位
単行本 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 12件

( =ω=.)<こなた と かがみ の芸術鑑賞
( =ω=.)<私には芸術ってのがよく分かんないョ 萌え絵のほうが好きだナ

(;//Д//)<なっ何言ってんのよ!これはピカソの絵なのよ!

( =ω=.)<私にはワケの分からないラクガキにしか見えないョ

(;//Д//)<ピカソの作品は綿密に構図設計されてるのよ。数え切れないほどの下書きの上
に描かれてるんだから
( =ω=.)<と、その本には書かれてるんだネ

(;//Д//)<・・ま・・・・まあそうだけど・・

( =ω=.)<実際、芸術家って死んだ後 評価されたりするもんだけど、それはやっぱり
『レア度』が増すからだよね
生きている間に評価されたら、金欲しさにたくさん、絵を描いちゃうじゃん。
だから、絵の価値がどんどん下がっちゃうし、芸術家だけが儲かるからね。

(;//Д//)<言われてみれば・・確かに

( =ω=.)<死んだらもう描けないもんね。この人の絵は30個だけ・・ってなったら
限定品って事で値が上がる。芸術なんてそんなモンだョ
面白いエピソードも満載
巨匠たちの絵画に対するさまざまな品評が読めるというだけで美術史マニアにはたまらない一冊でしょう。
中には品評だけでなく人格、エピソードなどに言及したセリフもあり、ゴーギャンの「モネが年に10万フラン稼いでいるのを知ってるかい?パトロンを押さえて弟にルーアンから買い手を連れてこさせるんだ。おっと、ひがんでるんじゃないぜ。見習わなきゃ、って言ってるんだ」というセリフにはニヤリとさせられます。
他にもシャガールが「私の好みで言えば最も質が高いのはゴーギャンとセザンヌです」と言ってるかと思えば、セザンヌは「ゴーギャンだって!ありゃ、ペラペラな支那の切り絵さ」と言っている、など話題のタネはつきません。
それにしてもデ・キリコとシャガールの毒舌ぶりには驚きました。彼らの批判が本人に届いていなかったことを祈るのみです。
美術館が退屈な人にも楽しみな人にも◎
私は絵画鑑賞大好きです。でも鑑賞のみで絵を描くわけではありません。美術館で優雅な時間を過ごし美しい絵に感動、感激しているだけの私ですが、本の中で「お互いの作品について語る巨匠たち」をとても楽しく読みながら時代背景や彼らの精神状態など垣間見ることができ満足しました。本の紙質もよく作品の写真の発色も良いと思います。彼らの似顔絵もユニークですし・・・美術館に行くのがまた楽しくなりそうです。
天才たちを身近に感じ、絵に興味をより抱かせます
絵は、大好きです。何冊かの絵画集を持っています。
画家の考えや物の見方はそれらの本に、文章として紹介はされていても、大部であり過ぎて、読み切れなかったり、中途半端になっていました。絵は、作者の精神的な葛藤や思想を全く知らなくても、見る人の主観の評価で十分でしょうから、なおの事です。
 この本を読みますと、見開きページの量で、絵を交えながら、天才たちが、親しみやすく語らいかけてくるようで、興味は尽きません。
画家の作品への水先案内人の役割を果たす本です。Apr.24 '05
絵描きが語る(けなす、ほめる)絵描きの歴史
 絵画についてのおしゃべりは、もちろん絵画にならない。しかし画家だって、他人の絵を見て良いはずだし、それを見てブツクサ言ったって良い訳だ。この本は、画家が他人の(時々自分の)絵についてブツクサ言ったそんなコトバが、当の絵とブツクサ言ってる画家のイラストその他のイラストとまざりあって出来ている。つまり、絵描きのコトバによる絵画史だ。これ読んだら、いままでの美術史なんか、抹香臭くて読めない。

 たとえば耳を切ったんで狂人扱いされたゴッホだが、図抜けた才能の絵描きであったばかりでなく、すごぶる的確な絵読みであったことも(すくなくとも絵描きの間では)知られている。「ゴッホはすべてが乱雑と混沌の中にあるくせに、キャンバスの上ではすべてが輝いている。また、彼の芸術についてのコトバも同様だ」(ゴーギャン)。うう、泣かせるぜ。シャガールもこう言ってる。「スーティンは大した絵描きだが、ゴッホには到底およばない。デッサンをやらないからだ。ゴッホの絵はどれも卓越した画法に支えられている。二人の違いはそれだけだが、何という違いか」。
 

 あるいは「ベラスケスに比べれば、ティッティアーノの肖像なんて、材木に見える」といったマネは、そのベラスケスから構図や背景の処理(無背景にしてしまう)だけでなく、その黒の使い方も学んだ(比べると歴然である)。 

 「フェルメールにはベラスケスでさえ遠く及ばない。フェルメールには、すでに完璧なものを、なお完璧にしようとする熱狂と苦悩があった。極限を極めるために彼は何度でも書き直し、コトバがまったく無力になる奇跡に達したのだ」といったダリは(彼がここまで手放しに誉めるなんて珍しい!)、自分の絵の中に、フェルメールをテーブル(!)にして登場させている(ダリ「テーブルとして使われるフェルメールの亡霊」←しょうがないヤツ)。