劇画 蟹工船 覇王の船 [宝島社文庫] ...

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劇画 蟹工船 覇王の船 [宝島社文庫] (宝島社文庫 C い 1-1) (宝島社文庫 C い 1-1)


宝島社

価格(new/used): 460 円 / 256 円 より
発売日: (2008-10-02) アマゾン売上ランキング: 69648 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 5件

蟹工船の小説が漫画と同時に見れるのがとても嬉しい
小説は中々読む機会が無かったのですが、これは悲しく、又怖くなりました。時々休みながら見ましたが  漫画の好きな私は一晩で両方見てしまい、翌日はフラフラ  赤紙1枚で、
戦争に連れて行かれて 悲しく辛い、恐ろしい毎日を過ごし、食べるものもろくに無く死んで行った人達と蟹工船の搾取される人々 そして今現在の人集めし搾取し送り込む世の中
 いやだねー 嫌だ  ナントカしてください    
新型の蟹工船
小説版は、昭和初期のまだ確立していないプロレタリア文学の主人公のいないもたつきと、言葉のわかりづらさが見受けられる。yes版はここを切って、「函館から200キロ、カムチャッカ沖--ダダーン+波しぶき」そして、SOS受信+金魚鉢
1ページから「つかみ」が確立しています。-----
「最初の1ページを開いたとき、事件は発生していなければならない」

龍さんと赤蔵とのプロレスもなかなか、
そして、yesさんのオリジナルの結末。ラスト5ページ「これからは、悪の時代よぉ・・・、朝鮮、満州、東南アジア・・・みてろよぉ--っ!」
中国大陸には、南京まで映っている。

戦争の原因として、@軍部の功名心A軍艦の発注利権・・政治家へのキックバックと考えていたのですが、これに事業家の利益極大化の欲望があったんですね。
蟹工船とはまた、違った切り口で描いている。そこが面白い。
覇王の船。ここに描かれているのは、資本家の手先・蟹工船漁業監督「罰河原赤造」と、ストライキを興そうと工員をまとめようとする、もと炭坑夫「龍さん」
この二人の対決である。
二人の対立を中心に、蟹工船の悲惨な現状が書き込まれていく。

小林多喜二の原作のほうは、もっと細々とした、蟹工船の日常がリアルに描かれている。
劇画にするには、登場人物を絞った方がいいし。分かりやすい。
この覇王の船は、違った切り口で描いている。

後半に原作が載っているので、読み比べてみると面白い。
死んでもロープを放さない龍さんの右手は、その怨念とも言える意志の強さを象徴するアイコンとして、強烈なインパクトがある。

当時の蟹漁の工程をもう少し具体的に描いて貰えると、さらに良かったと思う。
ページ数の関係で、厳しかったのかも知れないが・・・。
マンガで解説とか、テキストの絵解き。そんなマンガは面白くないし、類書はたくさん出ていると思う。

現代、プロレタリア文学が再燃焼しているといわれるが、1930年前後の社会状況とは全く違った意味で興味を持たれているのだろう。

貧富の差が拡大したと言われているが、当時のそれとはまったく構造が違っている。下の者が上に口出しすることすら出来なかった。餓死する者さえ珍しくなかった。そういった、社会状況とは違う。

ただ、現代は一億総中流の幻想から抜け出て、現実を少しは観察するようになってきたのかもしれない。
ファンタジックな「蟹工船」
小説「蟹工船」は、主人公がいないことがよく「読みにくい」と批判される。
解説では、蔵原惟人のそうした一文を引用し、「集団に個人を解消させず、原作にない正義のヒーローを登場させ、その闘う力と執念のすさまじさを描き出している」と述べている。
(注:蔵原論は古いと言われ始めてます)
主人公を立てるにしても、あえてそうしなかった小林多喜二の意に真の敬意があっての漫画化なのか疑問に残り、あまりのめりこめなかった。残念だ。
ストーリー展開も、ご都合主義で、呆然としてしまった。これでは、一過性の「面白かった」
で終わって忘れ去られるだろう。ファンタジーものにすら見えた。(原作の方もいろいろ言われているが。)
「蟹工船」は初めてという方が読んだら、原作と違うというのはわかっているとしても誤解してしまわないか不安だ。
「蟹工船」がどんどん漫画化され、書店に並ぶが、「蟹工船」をはじめて読む方にはあまりおすすめできない。「大学生のための30分で読める漫画蟹工船」と、同じ主人公は立ててあっても許せる範囲で描かれているイースト・プレスの「まんが蟹工船」のほうがいいでしょう。
それらを読んだ後に、本書を読んでいただきたい。
さまよい続けた蟹工船、その名は「覇王の船」。
現代の蟹工船、それが覇王の船だ。


yes小池氏の「覇王の船」は小林多喜二の「蟹工船」とは違う。

それは作者の時間軸の差だ。

小林多喜二は未来を見て「蟹工船」を書いたと私は認識する。
悲惨な現代を題材に、理想的な未来を夢見た、それが「蟹工船」だと思う。


しかし「覇王の船」は違う。覇王の船は、yes小池氏は過去を題材に現代(著作時)を批判していた。

バブルに浮かれる現代に、「この過去を忘れたお前らに美しい未来などない!」と釘を刺した。

その釘は今まさに、現代の我々に痛みを与えている。




この痛みこそが「覇王の船」である、と私は感じた。