般若心経は間違い? (宝島社新書)

Alubomulle Sumanasara - 宝島社 価格 ¥ 756
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般若心経は間違い? (宝島社新書)

Alubomulle Sumanasara
宝島社

価格(new/used): 756 円 / 265 円 より
発売日: (2007-08) アマゾン売上ランキング: 112632 位
新書 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 3.5 / 総数: 15件

ようやく合点がいった気がしました。
まず、私は家庭的に、法華経には親しんでいましたが、般若心経には慣れ親しむことはこれまで無く、柳澤桂子さんの『生きて死ぬ智慧』で初めて、きちんと般若心経というものに触れた者だということを申し上げておきます。

前半部分は、それはそれは素晴らしいと思えたのですが…

最後で、「??????これは何?何でこうなるの???」
という気持ちになったのです。
これまで、こんなに素晴らしい言葉を並べていたはずのお経が、
何で訳の分からないそう、まるで呪文もどきの言葉で終わってしまうのか、とても不思議でした。
なので、スマサラーナ師の解説で、そうだったのか!!ととても合点がいったのです。

スマサラーナ師は、けして、日本人をけなしているのではありません。
あまりにも乱暴に、膨大な教典を略してしまって、肝心な所を加え損ね、余計なモノを入れてしまった作者にとても残念な気持ちを持っておられるのです。
 なんとなくいい加減で、本当の信仰とは別の所にいるような、今の日本の宗教全体の問題を正視しないのはいけない事だと思います。

お釈迦様の本当の言葉、仏教の本当の素晴らしさ、それをもっと真っ直ぐな気持ちで、私達は見つめ直すべきではないでしょうか。


スマナサーラ師の著作にしては・・
スマナサーラ師の著作は何冊も読ませてもらい、たいへん尊敬しているのですが、「般若心経は、読んでもよく分からないから間違っている」という本作の内容はいささか強引で、説得力に欠けるものでした。本の構成も散漫です。
師の他のほとんどの著作は、仏教の本質を分かりやすく説いている良書ですので、他の著作をお勧めします。
著者の方が間違っている
この著者の本の題名には刺激的なものが多く、私も何冊か拝読しました。
本書の内容を真に受けるほど愚かしい人は少ないとは思いますが、
これは著者の方が根本的に間違っています。般若心経はもともと
大般若経600巻あまりのものを、エッセンスだけを取り出して
わずか262文字に凝縮した世界で最も短いお経です。
それ故に、もっとも有り難いお経と言われることもありながら、
エッセンスであるだけに行間を読まねばならず、
これだけで是非を判断することの出来ないお経です。

かの三蔵法師、不空三蔵も、日本の弘法大師・空海も
般若心経の注釈書を書きこそすれ、
このお経に説かれていることが誤りであるとは
一言も言っておりません。

また釈迦が言ったことだけが絶対だとするならば、釈迦が
直接文章にして残したものがない以上、この著者が
いったい何を拠り所としているのか甚だ疑問であると
言わざるを得ないでしょう。
釈迦の導きによって悟りを得ることの出来た菩薩や阿羅漢は
後世に多数輩出したのです。
釈迦が直接残したものがない以上、釈迦の代弁者である彼らが
残し、書き留めたものが間接的な釈迦の言葉であるということ
は仕方のないことです。

また、世の中にいわゆる偽のお経「偽経」は数あれど、
般若心経まで偽経扱いする著者の傲慢さにむしろ呆れます。
あまり良いとは思いません
般若心経についての本は色々あるので、著者の立場からの一つの解釈と考えて読むのがよいと思います。全ての物質は共通の原子からなることだけを採り上げても、縁起は真理でそれが空へ展開するのは科学でもある仏教の発展だと思います。釈尊の教えが根本にあるにしても、大乗仏教への発展の仕方もあって当然だと思います。著者は上座部ですがその立場での探求も大切なことは間違いないにしても、それに固執するのは科学ならニュートンを絶対としてそこに足踏みしているようなものだと思います。何より執着を捨てられていないかと思います。
この本から得られるものは勿論ありますが、松原泰道さんの般若心経入門もあわせて読まれることを勧めます。私は松原泰道さんの方が、字面だけでは分からない奥深い般若心経の教えを我々に与えてくれると思います。

それと仏教徒らしく思いやりのある品のある言葉を選んで使って欲しいなと感じました。
上座仏教vs大乗仏教??
上座仏教からみた、般若心経です。
大乗仏教は上座仏教を批判した上に成り立っている面があります。
それを上座仏教から見れば、大乗仏教は間違った教えにみえるという面があるのでしょう。
どちら正しいのかという問題は、水掛論になってしまいそうです。
よくいえば、上座仏教の見方を知ることによって、大乗仏教の特色が分かるということでしょう。
大乗仏教の『般若心経』を上座仏教の物差しで測ることは、大きな無理があるように思います。
それぞれの見方があり、一方が正しければ、一方が間違いというものでもないと思います。

本書では、『般若心経』の中心部分、「色即是空。空即是色」をリンゴ(色)と果物(空)にたとえ、空即是色は間違っていると主張しています。

>わかりやすい例をあげましょう。
>「リンゴは果物である」というのは正しいのですが、「したがって、果物はリンゴである」というのは間違いなのです。

分かりやすいということと、正しいということは、同じではありません。
リンゴが色というのはいいのですが、空を果物にたとえていいのでしょうか?

『般若心経』も、立場が違えばこのような解釈ができるのか、というくらいの気持ちで読む分には、勉強になる本だと思います。
しかし、本書によって『般若心経』は間違った経典だと信じ込むのは、浅知恵だと思います。
長い間にわたって日本人に受け入れられていた教えを、スリランカの仏教とは違うという理由で、捨て去るのはもったいないことだと思います。