うたかたの日々

- 宝島社 価格 ¥ 1,680
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うたかたの日々


宝島社

価格(new/used): 1,680 円 / 362 円 より
発売日: (2003-05) アマゾン売上ランキング: 147941 位
単行本 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 15件

独創的なおとぎ話
主人公たちのそれぞれの物語も丁寧に描かれていましたが、
ねずみとか、コックのニコラとか、主人公とともに衰退していく屋敷とかが印象的でした。

全体を通して独創的なインテリアとかファッションとかもさすが岡崎京子です。

原作がどうなっているのか知りませんが、ねずみの最後が読了後にずっと胸に残りました。

アンニュイな感じになりますが、出会えて良かった本です。
遠い昔の記憶
今からもう十年ほど前に、なんの雑誌で見たかも、どういうタイトルだったかも忘れていたマンガを読みました。
それを先日ある友人宅で発見し、まず本としての作りの美しさに惹かれ、パラパラとめくってみたのがこの「うたかたの日々」でした。
原作も何も知らない(もっと言えば思い入れのない)身からすれば、傑作だと思います。あの頃ではきっと分からなかったはずの、破滅していくことの恐怖が身に染みて、今読めて良かったと思いました。
作品によっては線の細い岡崎さんの絵が苦手だったりするのですが、この作品は特に世界観とマッチしていた気がして、一気に作品の中に引っぱっていかれました。
岡崎京子もヴィアンも好きだからこそ・・・・・
私は岡崎さんの漫画のファンですが、それと同じくらいヴィアンのこの名作にかなり思い入れがあるので、だからこそハッキリと書きます。
この漫画では両者の持つ“味”みたいなものがうまく合わさっておらず、ヴィアンの茶目っ気・岡崎さんの鋭い感覚…両方の強烈な個性が共に掻き消されてしまったように思います。
なぜなら、表面的なストーリー設定ばかり原作に忠実なせいで、岡崎さんの感性も見えてこないし、そのわりには原作最大の魅力である洒落っ気溢れるエピソードの数々がまったく漫画に反映されてないからです。ヴィアンの真骨頂はまさにあのユーモア感覚なのに。間違っても“耽美で繊細なお話”なんて思ってはいけません。
しかしながらこの漫画ではあの残酷さと表裏一体のユーモアが消えているので、ただ設定が風変わりなだけで“美しくてはかない恋のお話”になってしまいました。
そして一番許せないのは、小説を漫画という媒体で描くのだから、原作の情景描写にあたる文章をそのまま引用するなんてナンセンスなことはしてほしくなかった。他媒体だからこそ、説明的な文章に頼らず極力絵で魅せるべきでしょう。これは他の方も書いていましたね。いかに自分らしい解釈で原作の情景を絵にしてみせるかで、漫画家の実力も最大限に発揮できるところなのに、そのまま単純な絵にして文字で解説を入れるだけだと、漫画という媒体の良さがなくなってしまいます。
小説のコランは、美しそうな後ろ姿の女性を見かけて追い掛けたら、その女性の顔の醜さに驚いて泣きだしちゃうような奴。ただ美しいものが大好きな軽い若者。しかもクロエの事が気に掛かるからって、簡単に関係ない人を殺しちゃう馬鹿みたいな残酷さ。そういった細かいエピソードの一つ一つがヴィアンのこだわりであり、この話が“耽美”とか“繊細”だとかいう言葉で簡単に語るべきでないただの悲劇ではない事がわかる筈。それなのに、あんなに軽くそのまま解説つきの簡素な絵で差し出されては、ヴィアンのエスプリがまったく感じられません。
何故、レイモン・クノーが“もっとも悲痛な恋愛小説”と評したのか・・・・・。それはクロエやシックが悲劇的に死んでしまうという、上っ面のストーリーをなぞるだけでは分からないと思います。
幻想小説なのですか?
私、1968年生まれです。岡崎京子というと若かりし頃にかなり影響をうけました。
今、読んでもいいですね、退廃と破滅って美しいですね。

40前になると、破滅が身近なものになってきてるので、美しさを感じる余裕
がだんだんなくなってきましたが(笑)
原作のボリス・ヴィアンも読まないと理解浅いのでしょうかねえ?
でも、岡崎京子をこよなく愛し、崇拝する私としては、原作は必要なしとしなければ
なりません。

いい年して、普通の社会人にならなきゃいけないのですが、まだこういう作品に対して
感じるものをなくしてしまいたくないなあ、とおもいます。




漫画表現の臨界
上梓されてから半世紀近く経ちながらなお現代漫画の一級の原作として機能しうるボリス文学の普遍性もさることながら、そういった優れた文学作品を真っ向から漫画という別ジャンルに呑み込む岡崎の才気にも驚かされる。まさにふたりの天才の美の饗宴。

この時期、岡崎の画力・演出・構成力も洗練され、このタイミングだからこそボリスの作風とシンクロし得たといってよい。
耽美でデカダンの匂いが立ち込め、シュールでポップで、普遍性と同時代性を同時に兼ね備えている。

漫画作品としての可能性の臨界だ。