ナショナリズムとジェンダー

- 青土社 価格 ¥ 1,995
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ナショナリズムとジェンダー


青土社

価格(new/used): 1,995 円 / 491 円 より
発売日: (1998-03) アマゾン売上ランキング: 161930 位
単行本 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 3.5 / 総数: 7件

けんか腰の構築主義
こういう攻撃的な言い回しに終始する本って、疲れるけど爽快です。「歴史に『事実 fact』も『真実 truth』もない、ただ特定の視角からの問題化による再構成された『現実 reality』だけがある」という本書を貫く幹があり、そこから近代史における国家のあり方、従軍慰安婦問題といった見えにくい葉っぱをばさばさ裁っていき、何を見なければならないかを提示しています。

世の中で起きている事象を捉える際の心構えを教えてくれる本です。
おぞましい言葉
慰安婦問題は男によって「法律問題にされてしまった」わけで根本は異なる。
そもそも「慰安婦」とは、なんてオゾましい言葉か?
男の性欲を慰め安らかにする女性という事だ。

この問題を目にするたび、男性という生き物へのおぞましさを感じるのは
私だけだろうか?
なぜこんなおぞましい生物と女性は地球の上で共存しているのだろうか。

そしてなぜ男という生き物は法律問題にして性の問題として直視できないのだろうか。

男性の限界を上野先生が鋭く指摘する。

がっかり
何かと騒がれるので読んでみた。一言言えば、子供がすねているみたいだ。慰安婦問題は法律の問題ではなかったのか?
強制連行の証拠が無いことに対してネオナチと結び付けるこの論法。
めちゃくちゃだ。強制連行が無いというのは、証拠、証言ともにない。
当時は娼婦は多かったのになぜ犯罪行為をせにゃならんのだろうか。

しかも、元慰安婦たちの証言のいい加減な証言しか残っていない。
慰安婦問題がなぜ強制連行が問題かというとそれは日本国の刑法違反
であるからで、強制連行が無ければ売春婦とは何処の時代でもいると言うだけである。
また、この著者は自分で物事を調べずに書いている。あまりにもずさん

  結局最後によりすがるのは強制性だ。もういいや、ずっと言ってなさい。
犯罪を犯してない日本を断罪する前に強制連行をしたドイツを攻めるべきだろう。

「脱構築」の困難さ
上野千é¶'子はè«-争好きだ。é-¢ã‚ã£ãŸè«-争は数多く、いずれのè«-争でもè²'重な問題提起ã‚'行っている。上野氏は学è¡"的なè«-争だã'でなく、「アグネスè«-争」などジャーナリズムの分野でのè«-争にも参加ã-、結果とã-てフェミニズムという考えæ-¹ã‚'広く知らã-めた。è«-争ã‚'通じて自らの主張ã‚'明るみにã-鍛え上ã'ようとする上野氏の姿勢は、総じて非常にすがすがã-い。

が、上野氏のè«-争というæ-¹æ³•è«-が、誰の責任かは別とã-て、不幸にも極めて困難な状況に追いやられるå '合もある。『ナショナリズムとジェンダー』はその一つの事例である。

『ナショナリズムとジェンダー』は、いわゆる「å¾"軍æ...°å®‰å©¦ã€å•é¡Œã«å¯¾ã-て投ã'かã'られた上野氏の問題提起である。å½"時、実証的なæ­'史学やæ­'史学è€...たちã‚'批判ã-たというトãƒ"ックã!§è©±é¡Œã¨ãªã‚Šã€ã€Œå¾"軍æ...°å®‰å©¦ã€è«-争や「教ç§'書問題」ともあいまって、予想以上に多くの批判的な意見ã‚'å-ã'た。ã"のè«-争におã'る上野氏の提言は、その理è«-的な明晰さがè«-争のå½"事è€...たちにè«-理的な批判にとどまらない、感æƒ...的な嫌悪感ã‚'引き起ã"させたかにも見える。なぜなら上野氏の提言は、実証史学の存立基盤自ä½"ã‚'脱構築ã-ようとã-た試みだったからである。逆に、実証史学の立å 'にたてば、過去に積み重ねてきた学とã-ての基本理念やå...ˆè¡Œç "ç©¶ã‚'無è¦-ã-た勝手な言い分、と見られてもおかã-くないだろう。いわば「《社会学》という理è«-的な高みから、《個別的ç "究》ã‚'見下ろã-た傲æ...¢ã€ã§ã‚ると。

ã-かã-上野氏が提示ã-たè«-点ã‚'、以上の問題点だã'ã‚'見てæ-­ç½ªã-ても(特に、倫理的なè¦-点から)あまりç"Ÿç"£çš„ではない!。上野氏は結果ã‚'ある程度予測ã-たうえで、ラフであるかも知れないが極めて明晰な意見ã‚'投ã'è¾¼ã‚"でいるわã'だから(そうã-たè«-争法ã‚'「マーケティング的」といって否定ã-たè«-ã‚'読ã‚"だã"とはあるが。余談だが、上野氏の主張ã‚'「マーケティング的」って言って否定ã-たæ°-になってるè«-è€...は、相å½"頭が古いと思う。「マーケティング的=悪」っていつの時代の考えæ-¹ã‚ˆï¼Ÿï¼‰ã€‚ベンヤミンは次のように言っている。「有名な人ã€...の記憶よりも、無名の人ã€...の記憶に敬意ã‚'払うほうが難ã-い。æ­'史の構築は無名の人ã€...の記憶に捧ã'られる」と。実証史学もまた、批判的であれ上野氏の提言に正ã-く応ç­"すべく、「無名の人ã€...の記憶に捧ã'られた」æ-°ã-いæ­'史学の構築ã‚'求められているのである。

上野千é¶'子が提案ã-た「フェミニズãƒ! ã¯å›½å¢ƒã‚'越えなã'ればならない」というテーゼの持つ意å'³ãŒã€ç¾åœ¨ã¾ã™ã¾ã™ãã®å°„程ã‚'拡ã'ているように思われた。

目から鱗
この本を読んだことによって、国際結婚、特に日本女性と外国人男性の国際結婚に否定的な意見のバックグラウンドが見えてきたような気がした。
本書は国際結婚には触れてはいないが、自国の女性が他国の男性に「所有」されることを嫌う家父長制下の心情を見事に解き明かしてくれている。

自民族の女の貞操という「男の財産」を守りきれなかった男としての不甲斐なさ、面目の失墜という発想は、まさに、外国人男性と結婚した女性を闇雲に批判する男性の姿に通じる気がした。
国家とは何か、国民としての女性とは何か、そういうことを考えるにあたり、必読の書であると思う。