J-POP進化論―「ヨサホイ節」から「A...

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J-POP進化論―「ヨサホイ節」から「Automatic」へ (平凡社新書 (008))


平凡社

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発売日: (1999-05) アマゾン売上ランキング: 183815 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 2.5 / 総数: 7件

日本の流行歌はJ-E-B折衷・三つ巴の歴史
 著者は安室奈美恵の曲作りを「B(ブラック)なリズムに、J(日本風)なうたをのせ、E(ヨーロッパ風)なコードで飾る」と公式化する。この百年の日本の流行歌は、元来がJなのにEに惹かれ、限りなくEに接近するものの、Jの素性は隠せず、そうこうしているうちにEがBを取り込むようになり、なんか知らないけどそのBとJは結構似たもんだった、みたいなJ-E-B折衷・三つ巴の歴史なのである。E-J関係は時代によって本国-植民地関係だったり、それが都会-田舎関係に転化したりと、その関係性を変化させていく。いずれにしてもJにEやBを貪欲に取り込んできたのが日本の流行歌なのだ。J-POPって言葉が生まれる前までは、“オリジナルを持たないパクリ文化こそが日本のオリジナリティ”みたいな、劣等感なのか自慢なのかわかんないけど、そうした自覚をみんな持っていたように思う。ところがJ-POP以降は、欧米のミュージックシーンの停滞もあるけど、ちまたに流れている日本の流行歌がまるで日本固有のものであるかのように、あるいはオリジナルがどこにあろうが関係ないって素振りのある種の“こだわりのなさ”が感じられる。特に21世紀に入ってのここ数年なんて、ミュージシャンの音楽への入り方が、最初から欧米音楽じゃなくてJ-POPみたいな感じになってきてるし(あるいはジャズもロックもレゲエもJ-POPも並列みたいな)。この欧米に対する劣等感の欠如ってのがいいことなのか悪いことなのかわかんないけど、いつの時代でも結局制度としてしか音楽を聴かざるを得なかった世代からすると、今の一見自由でフラットに見える日本の音楽シーンが果たして豊穣なものなのか不毛なものなのかはよくわからない。そうそう本書に関しては、譜面のまったく読めない者にとっては、飛ばし読みにしてもかなり退屈。駆け足すぎるし、この著者はどんどん読者を置いていくタイプですね。
学者ってどうして文章がこんなに下手なんだろう
文章の下手さ加減にあきれた。読みにくいし、苦労して解読しても役に立つことは書いていない。まあ、おもしろいことを考えましたね、とは思う。筆者が東大教授なのでみんなありがたがって読むんでしょうね。
楽譜の読めない人にはキツいかも
音楽的素養が皆無なので、立ち入った議論になるとお手上げでした。
わかったのは、一見、斬新にきこえる曲も、さまざまな音の要素から
みると、いろいろ歴史が読み解けるのね~ってことだけ。
信憑性は判断する術がないけど、楽譜を分析する様は、占いの占星術
みたいで、あたってる気になるから不思議。
面白いんだけど、難しくって・・・・
明治時代、開国と共に欧米の文化を受け入れ始めた日本。「音楽」も当然例外ではない。

欧米から取り入れた「音楽」は私達のなかに定着しているのだろうか?それを、時代ごとの流行歌の代表曲を通して解き明かしていこうと言う一冊である。

この本のテーマはとても面白い。そして、分析も学者らしい精緻なものである。納得できる点も多い。しかし、残念な事に私には難しすぎる。

正直に言って、私のように音楽理論の基礎がしっかりしていない人が読んでも、十分に理解する事は難しいのではないだろうか。音楽理論のリテラシーが高い人が読めば、ある程度の満足感が得られるはずだ。

分析が緻密で、情報量が多い
 日本では大正時代、民謡から脱して西洋音楽を輸入した和洋折衷の音階が流行ったが、アメリカでは1960年代に、ブラック音楽が白人に受け入れられる音楽を狙った結果、旋律を構成する音が日本と同じ音楽が作られるようになった。それ以降、ロック音楽の浸透を経て、日本のポップ音楽は、「和」「洋」「黒」のそれぞれの要素を日本的に融合する進化を歩んできた、という理論を展開した本。 日本とアメリカの音楽の流れを概観できるだけでなく、音階をきちんと説明しながら、類似性や違いを説いている。新書版にしては、とても緻密な内容で、多くの例が紹介されており、情報量が多い。