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「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧... |
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「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの (PHP新書)PHP研究所 価格(new/used): 693 円 / 103 円 より 発売日: (1997-10) アマゾン売上ランキング: 108214 位 単行本(ソフトカバー) / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 22件 中島の言う通りにしてもバカを見るだけだぞ中島義道の著作のなかでは、広い社会的視野が感じられる作品で、議論の進め方に中島独特の独断性が随所に見られる点を除けば、悪い本ではない。ただ、まず言えることとして、官公庁や会社に勤める通常の市民が中島の言うとおりに行動したら、その人はただちにクビ、または左遷されることは火を見るより明らかである。第二に、先日、中島の主宰する哲学研究会に参加し、私がしきりに発言すると、中島は露骨に不快感を示し、私が「『対話のない社会』に書いてあるとおりに行動しているだけです」と言うと、なんと中島は、「『対話のない社会』のころといまの自分とは違っており、『対話のない社会』を持ち出されても困る」と答えたのである! このことははっきり言っておきたい。つまり、中島はもっともらしいことを言っているが、実のところ自己防衛、自己正当化の手段としてしか言葉を信じていないのである。 言いえて妙!・・・という言葉すら、筆者が糾弾するところの”非常に日本的な概念”の一つであるが(笑)。 私自身、筆者のように、非常に曖昧なオブラートにくるまれたような日本人的コミュニケーションの空気の中で窒息しそうな感覚を味わっている人種である。いや、人種ではなく、「亜種」だ。 この本を、”喧々諤々の議論”を旨とする我が社の社員に読ませてみて、どういう反応を示すのか、観察してみたいものだ。面白い!と表情が明るくなれば、尚のこと善し。 最終章で、筆者は非常に巧みに、絶妙な形式をもって主張を取り纏めている。ヨーロッパ的な<対話>が「私は」好きなのだが、それを理解できない我が国民に無理強いはしない。その道を採るのも、人の好き好きだからである・・・と。 この言い方は、筆者が今までケチョンケチョンにこき下ろしてきた、日本人的態度、そのものではないかな?この表現を見て、「なんだ、結局曖昧なんだな、コイツ」なんてレビューを書いている輩はまだ読みが甘い。 逆説なのですよ、この筆者流の。 ”こんな俺を見て、君はどう思うかい?”と、最後の最後まで読者と<対話>を試みる、この中嶋氏の徹頭徹尾の姿勢、感服いたした。 対話の無さは時として人を最大の不幸に陥れる対話の無さは時として人を最大の不幸に陥れる気がします。個人の立場を明確にし、 自分の意見をはっきりと言い、そして相手と対立をしつつも会話をすることの大切さを 放棄してこれからの日本はどうなるんだろう?と思いました。自分が苦しんでいたのは対話の無さなのかと痛感したからです。昔から何度も何度も頼むから自分の心の底にある意見を言ってくれ、といい続けていても帰ってこなかったり、かと言って推測で色々と言ったりすると決め付けるな!と相手を怒らせてしまったり・・・。でも、どうこう言われてそこはこうだから、 怒ってるんだ!ってしっかりと述べてはくれません。とにかく個を意識して会話を求めると、 反応が返ってこないことを本当に実感しています。でも、これからの複雑化し安定化があまり望めなさそうな社会の中で、特に情報化時代の中で、その人の内面を話さず表面だけの付き合いを家族や知識のコミュニティで行っていくとなると日本が幸せになるとは到底思えません。 かと言って、自分の立場や意見を明確に述べたり持つことは、個を殺す社会の中で逆にそれが 不幸を招くような気がして悲しくなります。そんな人間がひたすら仕事に追われる日々で幸せになれるとは思えないからです・・・。それが無意識でわかっててそうなってしまった気がします。 しゃべると怒られる日本人の中には、私がしゃべると怒った人がいます。しかも、何が気に入らないのかはっきり言わなかったりする。要するにしゃべった内容が気に入らないというよりも、私が西洋人のようにぺらぺらしゃべる事それ自体が気に入らないようです。しかし、決して、そうだとは言わない。なぜなのか。日本では、その場にふさわしい適切な言葉があるのでしょう。そこから外れると変な人だと思われるのでしょう。変なことを言う人が身内や友人のなかにいると世間体に悪いのでしょう。もちろん、世界中どこにもそういうことはありますが、日本は程度が激しい。要するに日本では真の対話は難しい。「そんな事を言うと笑われるよ、きらわれるよ」という人々。本音を言っているように見える人でも、本音ごっこをしている場合が多いのでしょうか。 和を尊ぶ社会から真の個人主義社会への変貌集団において個々人の対立を避けることを是とする日本社会に、 個人と個人が対立を積極的に見つけ発展させていく「対話」は馴染まない。 周囲に流されず個人の意見を述べることが促されているが、出るくいは打たれる。 街中には「あいさつを大切に」といった紋切形で非個性的なスローガンが氾濫している。 自分の意見を発表せず意図的に周囲に埋もれる学生。 著者は「対話」が欠如した社会、「言葉を尊重しない」文化を痛烈に批判し、 「対話」を圧殺する社会から、少しでも「対話」を尊重する社会へ変貌することを望んでいる。 感想を正直に述べると、著者の主張する社会は風通しのよい、また弱者が堂々と発言できる社会ではあろうが、 その過程における「対話」により生じる他者との軋轢が交友関係や社会的地位にマイナスの影響を及ぼすだろうことを想定すると、 尻込みしてしまうことは否めない。 すらすらと気軽に読める本ではないが、本書を通じて著者と「対話」するために一読をお薦めする。 |