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フーコー入門 (ちくま新書) |
| - 筑摩書房 価格 ¥ 777 | |
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フーコー入門 (ちくま新書)筑摩書房 価格(new/used): 777 円 / 310 円 より 発売日: (1996-06) アマゾン売上ランキング: 10484 位 新書 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 14件 明快なフーコー入門最近「言葉と物」を半分ほど読んだのだが、今ひとつ解りにくく、現在中断している。 そんなときこの本に出会った。やはりこのくらいの入門書に目を通してからの方がよ かったと痛感。実に手際よく重要な観念や独特な用語について解きほぐしてくれてい る。それでもディスクールとエノンセとアルシーヴあたりは少々難しい。「ディスク ールとは、その時代において人々が正確に言いうるであろうものと、実際に言われた ものの差異によって構成される」なんて歯ごたえがあり過ぎる。 それでもお蔭でまた「言葉と物」に取り組む意欲が湧いてきた。ほかの著作も読んで みたい。主要著作は7冊ばかりなので頑張れば全巻読破も夢ではないかな(笑) 素人でも視点が変わる哲学の専門家ではありません。ド素人です。 そんな私でも読めます。内容も凄く面白いです。 哲学といえばいくら入門書でも、自分の解釈を説明するばかりで ちっとも内容が把握できないものが多いです。 内容の質を落とさないのは素晴らしいですけど、難しすぎる。 でも、本書はその質を落とさず素人にも分かる言葉で書かれています。 これを読むと社会、学校、その他の身近なもの、の監獄性を考えるようになりました。 何気ない生活の視点や思考が変わってきます。 近代の権力に抗う方策ミシェル・フーコーの思想に関する簡潔なまとめ。その中で、フーコーの指摘する近代の福祉国家の権力の特徴について、次のように述べる。フランス革命以前は、王は、死を与える権力であった。革命による王の死後、市民社会の権力は、生を与える権力〈生−権力〉に変質する。社会が生物体のように存続することを自己目的化し、社会の構成員をよりよく〈生かす〉ことが重要な課題となる。こうした近代の権力は、かつての規制する権力と異なり、他者との関係の網目から発生するものである。 フーコーは、近代の権力に抗う方策として、(1)自己と自己の欲望を放棄しないこと、(2)真理の概念を放棄し、それをゲームとみなすこと、という2つの可能性を示唆する。正常性と規範性を強調する社会に対し、自己の欲望の充足、生存と幸福の実現を求める権利を対置すること。真理は絶対的なものではなく、自由な主体の行為としてしかあり得ない−−全ての主体は、自分なりの真理の確立に参加することができること。これらが、権力を変質させ、この社会の「仕組み」を変えることにつながるのだ。 ほんのさわりフーコーの著作を読んだことはないが、何かのきっかけで名前を聞いて興味を覚えた という人たちの為にフーコーの思考の歴史を凝縮した本。 ところどころ、今の歴史とリンクしているような感じを受けるが、フーコーがごく最近の 哲学者という事を考えるとそれも当然なのか。 言葉は人間の自由と結びつくフーコーの著作を時間経過に沿って追うことで、思考の流れをたどる。実存主義を構造主義が超克し、構造主義をフーコーは凌駕していく、歴史の流れを感じる。 レヴィ・ストロースやソシュールの考え方が、私は好きだ。構造主義は「社会の当事者たちが意識していない社会の仕組みを説明してしまう」(p.70)ことができる点が魅力的であるが、常に説明を外在化させる落とし穴を持つ。 また、構造主義的な発想を日常会話に用いられると、非常に不愉快な思いをすることがある。素直な言葉に裏があると勘繰られる。それを避けようとして疲労困憊した個人的な体験から、そのときそこで語られた言葉に注目するフーコーのディスクールの概念に安心した。 権力は、政治は、人が二人以上集まれば、おのずと生じる、生じて当たり前のものであるかもしれない。ならば、それに鈍感ではありたくないと思った。鋭敏に感じとり、その上で、自己を放棄することなく、他者との関係を変えていきたいものだ。そうできたらいいのに。 |