司法試験超人気講師が教える試験勉強の技術...

- ダイヤモンド社 価格 ¥ 1,470
home書籍CDDVDゲームソフトウェア家電キッチンおもちゃ・趣味
司法試験超人気講師が教える試験勉強の技術―あらゆる試験に強くなる82のヒント


ダイヤモンド社

価格(new/used): 1,470 円 / 589 円 より
発売日: (2001-12) アマゾン売上ランキング: 7245 位
単行本 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 20件

客観的な実力を
勉強法については「ノートは作らない」、「復習より予習を」との記述以外は万人に共通する。 個人的には著者が『はじめに』で主張している「相手に自分の実力を認めさせるには資格を取るべき」という点は納得した。 私は今年から部署異動になった。しかし嫌味な先輩がいて他の同僚のミスを私の責任にする始末。 そんな訳で現在、某国家資格を目指し勉強中。 やはり客観的な実力を認めさせる資格を持っていたほうがいい。もちろん持っているだけでは駄目ですが…
当たり前のこと
賛否両論ありますが、私は、お勧めです。
例えば「論語」には当たり前のことが当たり前に書かれているが、
いざ「実践」となると、なかなか難しいものです。
この本も、至極もっともな事が書かれているため、さらっと読めて
しまうだけに、読み終えた後の充足感は少ないかも知れない。
しかし、「知っている」ということと「できる」こととは違う。
みんなが「できる」のであれば、難関資格の取得期間は、もっと
短くなるはずだからである。
そういう意味で、本当に自分の勉強方法が効率的なのか、日々
チェックする目的で本書を利用すれば、資格取得も近づくのでは
ないかと思う。
この本は読んで満足する本ではない。利用して初めて価値が出る。
書棚の肥しにするのは勿体無い。
夢に向かってじみ〜〜〜な努力を!
 この種のマニュアルは、絶対に自分で作り出す必要がある。

 理由は三つある。
 1つ目は、人それぞれ環境・能力・経験が全く異なるから
であり、自分にあうものを作らなければ最大の効果は出ないからだ。
 2つ目は、状況が変わったとき、自分なりに考えて対処する
必要が出てくるからである。計画通り夏休みの宿題が終わらないなど。
 3つ目は、マニュアルどおり運よく資格を取って就職・独立したとしても、
相対的に自分の頭で対処できなくなるからです。例えば、一般に大手企業の
就職試験において高学歴者が有利だと言われている。基本的に高学歴者は
遅くとも高校生、早い人は小学生の段階で自分に合った勉強方法・計画の
立て方を考え続け、実行している。だから、このような本は何冊でも書けます。
就職試験とその後では、差が出るのはある意味当然だろう。
それを企業側は把握している面がある。

 自分は、毎日10〜30分は学習の進み具合と修正に当てている。
初めは、何ページ進んだ何問中何問出来なかったか・・・
そうやって自身のマニュアルを作っている。

 でも、自分で毎日考え続けるのはきつい。
 
 だから、目標を持って生きてくれ。やりたい仕事に少しでも近いものを
選んで頑張れ!好きなら、辛さも少ないはずだ。
本来その後にマニュアル・方法論はついて来るのだと考える。

 偏差値アップが大事な時もあるが、夢を、いろいろな本(例えば弁護士
なら、宇都宮健児先生の本)で膨らませ、それに向かって自分で努力し、
常に反省を行うこと。

 頑張ろうぜ!
カリスマと名乗るほどでしょうか?
司法試験に一発合格した著者だから、きっと科学的論理に基づく試験勉強の方法を伝授されると期待して買ってみました。
内容は著者の独自の意見によるもので、特に科学的根拠に基づくものではありませんでした。(別にそれが悪いと言っているわけではありません)
書かれてあることは本題の内容が半分。
残りの半分は、著者自身が講師を務める資格スクールの宣伝といわれてもしかたない内容。
文字数も少く、同じような内容が繰り返し述べられています。
1時間あれば読むことができるでしょう。

この本を見て感動するようでは、司法試験はおろか、宅建合格も危ない位置にいると自覚せねばなりません。
「目的」と「手段」を混同した偏向本
 司法試験一発合格を売り物に、司法試験に限らず、様々な試験の手ほどきをしている。
 我々が司法試験を受けていた頃、この種の本はなく、自分で考え、自分で、疑問を解決していたから、この種の本があったら、ひょっとして頼ったのかもしれない。

 しかし、司法試験に限らず、試験を受けるということはどういうことなのだろうか?何かしらの資格や学歴を得て、自分の人生での目標を達成するのが「目的」であり、例えば、社会正義の実現のため、もっと言うなら、社会的弱者を救済するため・・・資格を生かそうと言うのが「目的」であろう。そういう点で、試験に合格すると言うのは、あくまで「手段」であって、「目的」ではない。
 しかるに、この本は、「手段」であるべき試験を「目的」に変容させてしまっている。試験に受かるのであれば、何が手っ取り早いかと言う技術論に偏って、その先の「人生の目標」を無視している。
 試験に受かる技術は、実社会ではほとんど役に立たない。著者のように、司法試験に合格してその「目標」であった司法試験合格〜弁護士から、「試験の教師」になると言う道を選ぶ以外は。
 司法試験を受けて何をしたかったのであろうか?法曹として「目的」はあったのであろうか?法曹としての「目的」ではなく、「試験」を売り物にするための資格であったとしたら、司法試験もかわいそうである。
 その司法試験に人生をかけ、自分の目標達成のための「手段」に汗を流している受験生から利益を受けるのが「目的」であったとしたら、彼の司法試験は何のためのものであったのであろう?
 不思議である。
   (司法研修所36期)(弁護士)