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14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に世界文化社 価格(new/used): 1,365 円 / 1,890 円 より 発売日: (2008-11-11) アマゾン売上ランキング: 89 位 単行本(ソフトカバー) / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 6件 SF論をいつか展開してほしい。第8章からの連想59年生まれの宮台先生に、SF論をいつか書いてほしい。中学生でブラッドベリ、 クラーク、バラードに出会うという当時の中学生(エリート?)SF読者の王道を 歩んだ先達の言葉をもっと聞いてみたい。 話を展開してほしいのは、あの頃中学生に対してSFが持っていた「ここではない どこか」へ通じる開放感が何に根拠をもったものだったのか、である。あとから振 り返っていかなる通時的共時的な文脈に依ったものだったのか、を知りたい。宮台 氏独特の斬れ味鋭い分析がどんな風に展開されるのか期待してしまう。回顧譚の 味付けももちろんウェルカムである。 そして、もちろん主戦場たる80年代に話をつないで、SFの没落を主題的に論じ てほしい。私が編集者だったなら、「SFの栄光と没落」なんてサブタイトルを用 意した上で、執筆を迫りに押し掛けているかもしれない。。90年代にクズSF論 争なるものがあったように仄聞するが、理論的に深みのあるものではなかった ようだ。 ここは学者としての宮台先生に出張ってもらって、社会システム論などの大道具で 大立ち回りを見せてもらえたら嬉しい。お忙しいでしょうが、本人もきっと嫌いで はないはずの趣味的な話なので、うまいお膳立てさえあれば本当にしてもらえるの ではないだろうかと期待しています。 63年生まれの評者(かつてのSF読者)のいい加減な感想です。第8章から まず読んで、『未来惑星ザルドス』を見つけてニヤニヤ喜んでいるようでは、 本書の書評としてはまずいですね。 くせ球として、放らせていただきます。 今年度最高の1冊この本を読んでいる時間がとても幸せでした。 今年度の名著No1です。 平易な文章の中にある"深さ"よ。 彼の本を数冊読んでいる方、この本はベストです。 娘が14歳になった時に向けて書いてあるだけに、 文章に愛があります。 「愛」と言うのも嫌だけど、すなおにこもっている誰もがぶつかる問題をやさしく説き起こし、かつそれを現代という、不可視の時代から解説してくれている。 嫌味がなく、しかも説得力があるのは、宮台さん自身の経験がすなおに語られ、「こんなスゴイ人でも、同じように悩んだんだ」というのが身近に分かるからだろう。つまり、地に着いた思想というものではないだろうか。 以前の宮台さんは、小理屈をこね回しているというイメージだったが、変わったのはやはり、子どもができたことではないだろうか。一皮向けたんだろう、と生意気ながら思うのだが、決して止まることのない意識、これこそ思想家の本懐だと考える。 難を言えば、横書きの文字組みでスカスカのレイアウト。内容のわりに薄っぺらく感じてしまう。でも、そこまで計算しているのだろうか。 14歳だけではなく、大人も。平均的な中学生には難解かも。高校生であれば読解できると思う。 中高生が読んでもいいが、大人に読んで貰いたい。 宮台氏の言いたいことは分かるが、現実は違う方向への力学が働いていると思う。 ゆとり教育によって却って受験産業が潤った。学歴社会は形を変えて生き残っている。 正規雇用の過重労働、フリーターや契約社員の状況の厳しさなどを考えれば、「いい感じ」に仕事を選択するのは困難だ。(例として挙げられている地方公務員だって最近は怪しい。) そうは言うものの、本誌を読めば、社会とは何か、社会学とはどういう学問かが手に取るように分かる。社会の在り方を考えるきっかけとして本書を薦めたい。 宮台本の集大成この本は、社会学の入門書の体裁を取ってはいるけれども、 絶望しつつも愛して止まない「人」と「社会」への、 何よりそんな「人」と「社会」を生んだ(含めた)「世界」への、 宮台先生による究極の愛の告白本だと思う。 今の日本社会で、このような本に出会えることのできる14才は、 内容を全て理解できるかどうかは別として、とてもラッキーで幸福なことだ。 そして、うらやましく思う。 では、今まで「承認」に見放され続け、今なお右往左往している、 僕のような30男は、この本をどう読めばよいだろうか? 残念ながら、手っ取り早い処方箋は示されていなくて、 コツコツ努力して、自由と尊厳を獲得していくしかない訳だけれども、 一つだけ大きなヒントが見つかった。 「社会」から「承認」されるかどうかは、相手あってのものなので、 究極、自分では決定できない。 もちろん、「社会」から「承認」されるための努力は意味のあることだし、 意味のあることにしなければならない。 しかし、「世界」の方は、常に僕たち自身を「承認」しているはずだ。 なぜなら、期待と願望の振り子に踊らされ、 どれだけ絶望し、どれだけ空虚になったとしても、 僕たちは、今なおこうやって存在し、”生きている”からだ。 |