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檸檬のころ (幻冬舎文庫 と 8-2) |
| - 幻冬舎 価格 ¥ 560 | |
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檸檬のころ (幻冬舎文庫 と 8-2)幻冬舎 価格(new/used): 560 円 / 53 円 より 発売日: (2007-02) アマゾン売上ランキング: 140128 位 文庫 / 通常4~5日以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 5件 高校時代はいいもの田舎の進学校に通う高校生たちを描いた短編集。 作者は私より一回り以上年下ですが、田舎の出身のためか、純朴な高校生活を送ったようですね。 高校生は肉体的には大人ですが、精神的には子供の部分もあり、経済的には大人の傘下に置かれています。 大学受験等の進路の悩み、人生についての悩み、恋の悩み、高校時代に初めて真剣に考えることは沢山あります。 そんな高校生たちをうまく書きあげています。 私は特に「ルパンとレモン」が好きでした。 昔を引きずっている主人公と、それを断ち切った元彼女。 今風の恋愛小説なら元の鞘に収まるのでしょうが、そうならない展開が一昔前の高校生の匂いを残していて、我々中年には胸が熱くなるお話でした。 私だけの「檸檬のころ」私がはじめて手にした連作短編集です。 フィナーレを飾る「雪の降る町、春に散る花」、そしてそれに直接繋がる「ルパンとレモン」「ラブソング」は胸がきゅんとなりっぱなしでした。 大人には冷めて見られるかも判りませんが、高校生なんてこんなもんです。小さなことで悲しみ、喜び、苦しんでる。いつまでも忘れたくないその感情を豊島さんは鮮やかに切なく綴っています。 あとがきで豊島さんも述べていますが、ふつーの高校生のふつーの青春だって、その本人にとってはふつーなんかじゃない。それを豊島さんは一冊で明らかにしています。止めを刺すのはふつーの女の子が叫んだ「終わらなきゃいいって思った」というこの台詞。この台詞の意味を出来れば高校生のうちに理解していただきたいです。 平凡な日常が檸檬色に染まってゆく映画で、すごくピュアな高校生たちが登場していたので、 果たして、原作本ではどうなのか、知りたくて手にとった。 まず、登場人物につながりはあるが (つながりがないのもあり)、 短編集になっているのに、驚いた。 そこに広がる世界は、作者があとがきで書くとおり、 平凡な何もない日常が描かれている。教室の風景、 恋愛、保健室登校、教師との面談。きっと、誰もが、 通り過ぎてきた風景が広がる。「かなしい」の言葉の使い方や 「つららのにおい」を使った比喩表現が、まさに檸檬の味を醸し出す。 映画はその味をデフォルメしすぎかな? でも、それはそれでイイ味を出しているんですけどね。 本でも映画でも、どちらでも感じられる、数少ない作品です。 ささやかな、でもかけがえのないドラマとある田舎の高校を舞台にした全7編の連作短編集。 青春小説、高校生活クロニクルと言ってしまえばそれまでだが、そうは一言では言えない細やかさや、共感、そしてささやかな物語。 各編の主人公はそれぞれ性別も性格も何もかも異なるが、共通しているのは、「どこにでも居る人達」という事。天才児も居なければ、甲子園に出るようなエースも居ない。はたまた、手も付けられない不良も居なければ、陰湿ないじめもない。 そんな人々を、丁寧に丁寧に追って…あぁ、でもこんな高校生活あったのかも、と思わせる。角田光代の作品でも思ったが、焦点を変えれば、距離感を変えれば、現実の方が、ドラマチックだし、一見ささやかな事も彩りを持つものだと改めて感じた。素晴らしい小説でした。 ラストの「雪の降る町、春に散る花」は、映画耳をすませばへのオマージュかと思えるような感じもあって、個人的に良かった(内容含めて)。 ちなみに単行本と全く同じデザインの表紙(色だけ違う)もお洒落で素敵ですよ。 「広い空、厚い背中、季節のにおいの風。これが全部東京に行ったら失われてしまうんだと思うと、田舎には何でもある気がした。しょせんそんなのは気のせいで、私の欲しいものは東京にしかないって、頭ではちゃんと分かっていた。けれども錯覚したのだ、もう何もいらないって。これ以上の何が、世界にあるんだろうって。」 259ページより 快適な気分にしてくれる清清しさ「檸檬のころ」とは、高校生の頃のことでしょう。檸檬のような甘酸っぱい青春の日々の事々です。 「解説」で高橋敏夫は、「ふつうをかがやかす達人」と評しています。 この本に収められている七編の短編に扱われているのは、どこにでもある高校生の青春です。そこには、喜びもあれば悲しみもあります。と同時に、そこには爽やかさがあります。それが「きらきら」としたかがやきかも知れません。しかも、彼らは自分を知っています。その地に着いた考え方が、感情の高ぶりの底にある冷静さを感じます。 ここに書かれている「ふつう」は、「ふつう」であるからこそ、普遍性を持つものになっていると思います。どんなに時代や状況が変わっても、変わらない青春時代の感情が、そのにはあると思います。 この清清しさが、読み手を素晴らしく快適な気分にしてくれます。 |