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構造と力―記号論を超えて |
| - 勁草書房 価格 ¥ 2,310 | |
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構造と力―記号論を超えて勁草書房 価格(new/used): 2,310 円 / 853 円 より 発売日: (1983-09) アマゾン売上ランキング: 60447 位 単行本 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 18件 わかりやすい!わかりやすい!と思いながら読んでいましたが 読み終わると何がわかりやすかったのかわからないくらい 内容が頭に残ってなかったです。 でもわかりやすい! 万人向きとは言い難いが頁をめくっていくと建築関係の本ではないことに気づく。建物の構造力学を期待していると肩すかしを喰らってしまう。 実は社会学の分野の構造機能主義について語っている本だった。 内容は興味深いのだが、著者の決めつけや業界用語のオンパレードで読みづらい。 最初の、「序に代えて」は教養課程の学生を対象にしているようだが、本書を理解するためには、その前に、用語や定説を勉強しておく必要が有りそう。 生半可な知識で最後まで読んでみたが、フェルトペンの塗りつぶしを含む文章を読まされたような中途半端な理解しかできなかった。 「序に代えて」の前に「序」を設けて、この本にはどういうことが書いてあって、理解するためにはこれこれの知識が必要という説明があると読者としては助かる。 関連知識を取得して再読したいと思うぐらい興味深い内容なのに顧客志向のつくりになっていないのが残念。 わかりやすい本です。本書は80年ごろにニューアカデミズムの騎手として活躍した著者の手によるものです。社会構造の進化論という趣をもちます。 全体的な内容としては、「文化をもつ動物」という人間が「過剰な欲望」を秩序づけるために社会に「暗黙のルール」を備えさせたところに端を発し、それが世界中に普遍的に見出される「古代、中世、近代」の3つの特徴あるパターンにつながり、しまいには現代のような「高度資本主義」の構造になったということを、バタイユ、レビーストロース、ラカン、ドゥルーズ・ガタリ、デリダなどの用語を縦横無尽に駆使して記述するものです。 古代社会では「全員一致で一人を殺してしまい社会の安定をはかる構造」となっており、(もちろんこの考え方もジラールからの借り物ですが、)衝撃的です。「いじめの構造」は人類普遍的というか、社会を安定させるための基本要素のようなものだったと思うに至りました。 中世や近代の構造も、古代社会と連続してはいますが、明らかに暴力や欲望の秩序が異なります。中世は古代にてサクリファイスされた者が聖なる者に転じて子孫は王(欲望の中心)となり支配する構造、近代は産業をもとに階層が流動化して金銭が欲望の中心となり、支配と被支配が見えなくなってゆく様子がクラインの壺として描かれています。 そうやって読んできて、大人社会に「いじめの構造」が表立たないのは、金で解決するからなんだと思えました。 最後になって、「高度資本主義」に至って次の段階はドゥルーズ・ガタリの「リゾーム」ということで、考えようとさせるところがあり、そこで、アイデアを提起しています。当時の現代思想紹介本は言語論にしても、オントロギー本にしてもどれも似たような尻切れトンボものでしたが、本書も尻つぼみに終わったという印象を否めませんでした。 当時リゾームは「アナーキズム」に向かっているという批判もあり、そこから現在の状況を予測することは可能だったかもしれません。批判は「アナーキズム」というよりむしろ「ネオリベラリズム」と述べるべきだったのかと思います。 今やアメリカの資本家の資本一極化が新自由主義・グローバリズムとあいまって進行してます。格差社会の二極リゾーム状況ですが、ここには対抗として「グローバルな戦争機械」としてアルカイダが考えられ、グローバルな格差社会のバーチャル金融帝国のアメリカ標準化主義を阻もうとしています。さしあたって、リゾーム地下茎を張り巡らし私服を肥やすアメリカは帝国であり、スタティクで植物的で、われわれ凡人はクラインの壷に入れられてエキスを吸われているわけです。一方アルカイダは壷の外の戦争機械でありスキゾに放牧民的であり、ダイナミックで動物的ですが、礼賛することはできません。 いろいろ現状を考える上では、本書はベース(あくまでチャート式参考書。)になるし、これからの世の中を考えるにあたっては、本書とは別に政治と新自由主義という視点が社会を説明するにあたって外せないと思います。(しかし、活躍している学者で特に日本や教育を語る日本の学者の中には肩書きは立派だけれども、批判も賛成もせず、全く読みこなせていない人が多々いることが不思議です。) いまこそ浅田彰過去に何度も読んできたが、改めて再読すると本書の思想的意義が浮き彫りになってきた。本書がもつ最大の意義は「○○な●●にある」といえる。○○と●●に何が入るかは、本書を再読する過程で得られると思うのでぜひ挑戦してみてほしい。こんな時代だからこそ「浅田彰」なのである。 26歳の大学院生が書いた挑発的な書物もともとゲーム理論専攻で数学的センスのある浅田氏ならではの論理が冴え渡る本。 この本以前(または以後も)は難解または深淵ぶって書かれ語られる事の多かった フランス現代思想を、「所詮彼らの言ってる事なんてこんなもんだよ」といった具合に鮮やかに誰でもわかるように整理しまとめている。 それはその他凡百の真剣な顔して空虚な事を語る現代思想系の哲学者、もしくはフランスの哲学者本人達とは明らかに一線を画している。だから一緒にしてはいけない。 フランス現代思想なんて使える所だけ使えばいいのだという考えには強く共感できる。 おそらく浅田氏も当然知識は持っているであろう分析哲学ではこんなことはできない。 柄谷なんかはクリプキでもローティでもお構い無しに我流に解釈して批評に取り入れてしまうのだけど・・・ 良くも悪くも厳密な論理のないフランス現代思想だからこそできる芸当でしょう。 そこらへんを浅田氏はしっかり弁えて慎重にやっている。 だからドゥルーズやラカン本人の議論には正直ついていけない僕なんかにもこの本は面白く気軽に読める。また逆に真剣に彼らの哲学に向き合おうという今時殊勝な人達には合わないでしょう。 |