マグダラのマリアによる福音書 イエスと...

山形 孝夫 - 河出書房新社 価格 ¥ 2,520
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マグダラのマリアによる福音書 イエスと最高の女性使徒

山形 孝夫
河出書房新社

価格(new/used): 2,520 円 / -- 円 より
発売日: (2006-12-16) アマゾン売上ランキング: 120613 位
単行本 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 2件

肉体は魂の牢獄か
 ありのままの歴史、生のままの歴史を描写することの困難を知ることにおいて、四大福音書
ほどにその役割に相応しい書物も他になかろう。
 ナザレのイエスの歩んだ道を記さんとしたのは何もマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つに
限られない。『マグダラのマリアの福音書』もまた、そうしたテクストのひとつ。
 ところで、キリスト教の正典たることを認められなかった文書の不運、歴史に埋もれ失われ
この福音書はあまりに不完全な断片としてしか残されていない。しかもその大半は本来と推定
されるギリシア語ではなく、コプト語によるもの。
 とはいえ、そのことは必ずしも「キリスト教の形成過程における驚くべき多様性と流動性に
関するわれわれの知識を増大」させることを妨げるものではない。
 この本の著者キングは『マリア福音書』を外典として、異端の書として読むことを頑なに
拒絶する。異端とのレッテルはあくまで後世が決めたもので、その認識はしばしばキリスト教
黎明期における信仰や価値観の実像を歪めるものとなるからである。
 本書は『マリア福音書』を契機に、キリスト教史の新たな視点を提示することを志向する。

 なお、本書はキリスト教神学、聖書学のビギナー向けの一冊とは到底思えない。一定程度の
聖書の精読経験は当然に要求されるだろうし、若干の研究史も把握していないようではあまり
多くの実りは期待できないだろう。そのための足がかりとして一冊を推薦するなら、田川建三
『書物としての新約聖書』。

 個人的に異存は数点あるが、ここでは字数の都合上割愛する。一点言えば、マリアは娼婦で
なかった、との議論、これは典型的な悪魔の証明。男性中心主義の権力や思想が汚名を彼女に
被せることを承認したとの論証は、必ずしも娼婦であった可能性を排除するものではない。
 こうした指摘によってしばしば生じるであろう誤解のないように最後に申し添えるならば、
本書は紛れもない良書なので、念のため。
キリスト教史を再考する現代への「啓示」
聖書学者によれば、すでに最初の200年にキリスト教文書の85%は失われてしまったが、そこに含まれるのは、他の資料を通して題名と内容など、これまでわれわれが知識として知っている文書に限られる。従って、そこに未知のものを加えれば、失われてしまった文書の数はさらに増大する。本書で取り上げられる『(マグダラの)マリアによる福音書』は、2世紀初めに書かれて以後、1500年以上にわたって消息を絶ち、ようやく19世紀後半になり5世紀のコプト語訳の断片写本が発見された。さらに20世になり、3世紀初頭の二つのギリシア語断片が発見されたが、これら全てを合わせても僅かに8頁足らずであり、同福音書の完全な写本は永遠に失われた可能性が高い。
残された僅かな写本から読み取れることは、イエスの教えに対する弟子たちの無理解と、その真の理解者としてのマグダラのマリアとの対照であり、この書を残したグループの、既存の教会のあり方へのアンチテーゼが強く感じられる。やはり女性のグノーシス研究者として著名な、エレーヌ・ペイゲルスは、同福音書でマリアを非難するペテロの言葉に、パウロの言葉、「婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい」(『コリントの信徒への手紙1』)に通じるものを見ている。今日、依然として正式には女性聖職者が一般化していないキリスト教のあり方を省みるとき、『マリア福音書』の発見が、現代人がキリスト教の歴史を再考するための「啓示」と思えるのは、私だけであろうか。