対岸の彼女 (文春文庫 か 32-5)

角田 光代 - 文藝春秋 価格 ¥ 540
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対岸の彼女 (文春文庫 か 32-5)

角田 光代
文藝春秋

価格(new/used): 540 円 / 127 円 より
発売日: (2007-10) アマゾン売上ランキング: 4788 位
文庫 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 13件

すばらしい
 どんな人間が読んでも感動出来る小説の代表のような小説だと思いました。ただの感動じゃない。じっくりと深い感動。
 ただ、小夜子という主婦は大人しいくせに頑固で私はあまり好きになれなかった・・。「私ではない誰かだったら」という想いは私も何度も味わったことがあるので、共感出来ます。結構小夜子に似た女性の方が多いんじゃないでしょうか。何かを変えたい、と、望んでいる人はたくさんいると思います。
 その答えは人との出会いのなかにある、というではないでしょうか。
あのころには帰りたくないけれど忘れられない
通勤時間を上手にやり過ごす、都合の良い短編小説かと期待して、手にはしてみたけれど、
序章はなんだかつまらなて、小さく並んだ文字の一つひとつを、ひたすら目で追いかけていました。
「やっぱり何も感じない」。そう思っていたら、降車駅を乗り過ごしそうになって、はっとしていました。

「あのころ読んだ日記・・・」。高野悦子の遺族が残した"二十歳の原点"が、そこにありました。
"二十歳の原点"は、誰でも忘れ去りたい過去を、几帳面に振り返っているようで、
「二度と読まない」。そう感じながらも、今まで捨てきれずにいました。

"二十歳の原点"は、高野悦子が立命館大学に入学してから、3回生までに綴られた日記だから、
角田光代が描く"対岸の彼女"は、高野悦子が"二十歳の原点ノート"を綴った14歳から17歳までの
心情に、とても良く似ています。

「乗り越えて欲しかった」。高野悦子は自らの命を絶ったけれども、角田光代が描く"対岸の彼女"は、
掴みきれない心の痛みも、真正面から受け止め、力強く乗り越えて行く、あのころの彼女達でした。

対岸から彼女達が何か言っています。
大きく手を振りながら、橋まで行こうと促す彼女達の姿が、見えたような気がします。
非常に洗練されている
読み始めて最初の数ページくらいまでは、「なるほど、聞いたとおり、女性向けの小説だ」といった印象を受けた。
30代の母親に視点がおかれていたので、20代の男である自分には共感するところは少ないかもしれないなという予測のもと、とりあえず読み進めていった。
これは必ずしも正確な表現ではないが、話には二つの時間軸が設定されており、30代同士と女子高生同士の友情のあり方が描かれているといえる。
葵という人物がキーパーソンとして、高校生の頃と30代の頃の両方で友情について壁にぶつかる。
読者の対象が自分とは違うという理由で共感するところは少ないはずだったが、どういうわけか中盤に入る頃には登場人物の一人ひとりにぐぐっと感情移入していた。

はじめのうちは30代の話と高校生の話のリンクが見えづらいが、後半に向かうにつれて接点がぽつぽつと表れ、終盤は明示的に描かれる。
ここの展開は作者の技術を感じさせるものとなっている。

30代の話では「小夜子の視点から見る葵」、女子高生の話では「葵の視点から見るナナコ」を読者は追うことになるだろう。
2度目に読むときは、この逆のベクトルを考えながら読んでみたいと思う。

葵から小夜子、ナナコから葵。

当たり前だといわれるかもしれないが、この作品をもう一歩深く読むための鍵は、直接書かれていない彼女たちの心理を想像することにある気がする。
それでも出会いと友情を信じていきたい
人は他人のひととなりを彼・彼女が発言する日々の言葉や行動で
わかったつもりになっていきます。
そして、自分を正当化するために、相手の批判をくりかえしたりします。

本当の自分について理解されることなく、すれ違う日々がお互いに続きます。

人との付き合いが苦手でうとましくさえ思い、限られた世界で不安を抱えながら
存在していた小夜子が仕事をしようと一念発起し、出会った女性が対岸にいる
葵でした。
葵にとっても小夜子は高校生の時に途中で喪失した思いを彷彿させ、彼女なりの
踏み込み方で近づいていきます。
小夜子にとって、葵にとって、双方の生活や大切にしているものは理解ができず、
共感性が低いものです。
それぞれの行動の背景すら、理解ができません。
一回決裂したその関係。後に小夜子が前に進むことで、2人の関係は変化し次に進む予感を感じて、この物語は終わります。


人との距離の置き方は難しいと思います。
だからといって、価値観ややりかたを簡単に変えていけるものではありません。
自分が傷つくからといって出会うことをやめず、傷つかない方法を覚えながら
人との出会いを大切にして、新しい世界に踏み込んでいく。
そうありたいと思いました。

理解しようと努力し、背景を思い、共感する。
この姿勢で行きていきたいと思うのです。
心の機微をすくいあげるのが、とても上手い作家だと思った
角田さんの本を初めて読んだ。
正直「○○賞受賞作品」とか、そういうものを軽くバカにしていた。そういう本に限ってつまらなかったり、小難しい事をこんな繊細な気持ち誰にも分からないだろう、とばかりに書いてあったりすると思い込んでいたから。
でも、これはどちらも違った。
もしこの本を買うかどうか悩んでるとしたら「ぜひ買った方がいい」と勧めたい。

この物語は2つの視点から描かれている。

専業主婦の小夜子は公園デビューも上手く出来ず、子供を遊ばせてやれないという思いから
保育園に預けるため働き始める。
姑にはイヤミを言われ、夫にもあまり良くは思われていない。
家事をできるだけ完璧にしようと心掛けるが、それは夫にとっては「頑張ってる事」ではなく「当たり前」の事なのだと気付く。
職場の人間関係や仕事の内容に少し辟易とし「こんな思いをしてまで働いている意味ってあるのだろうか」と思いながらも、少しずつ自分がそこで働いている価値を見出していく一方で
夫には「お前がいなきゃ支障が出るような仕事でもないんだろ?」と軽んじられ、傷付く小夜子。
小夜子の目には、社長である葵は明るく自由な独身女性に映る。

もう一つの視点は高校生時代の葵。
いじめられた中学時代から逃げるように、横浜から群馬へ引っ越す。
もういじめられることのないように、目立たないよう周りに合わせ、時には卑怯に生活する。
そんな中で出会う、少し変わり者ぽいクラスメイトのナナコ。
少女時代のピュアさと複雑な感情を抱きながら2人にある出来事が起きる…

一見タイプの違う小夜子と葵は、正反対のようで分かりあう事ができ、
そしてやはり「分かりあえない」…
途中、切なさや虚しさで涙が出た。
この物語の展開は実際に読んで知った方が幸せだと思う。
ミステリやサスペンスのようなどんでん返しではないが、それに匹敵する、或いはそれ以上の展開だと思う。







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