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臨死体験〈下〉 (文春文庫) |
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臨死体験〈下〉 (文春文庫)文藝春秋 価格(new/used): 670 円 / 30 円 より 発売日: (2000-03) アマゾン売上ランキング: 9158 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 8件 臨死体験研究の全体像がわかる良い読み物です臨死体験について、その研究の始まりから現在の状況まで非常に良くわかるおもしろい読み物だと思います。参考文献もたくさん挙げられていて読んでみたい本がたくさんありました。 ただ、後半の「現実体験説」か「脳内現象説」かを追求していくところの、著者の判断や論考には問題があるように思いました。著者は個人的には「脳内現象説」を信じているそうですが、論考自体にその影響がでてしまっていて、データを公正に判断していないと思いました。「現実体験説」の証拠は異様に厳しく検証するのに、万に一つ起こるかどうかもわからないような「脳内現象説」の説明は簡単に受け入れてしまうのはどうかと思います。 下巻の最後に「現実体験説の様々な矛盾」として、 1.臨死体験に個人差、文化による差がありすぎる。 2.突然場面転換するのはおかしい。 4.まだ生きている人に会うのはおかしい。 などが挙げられていますが、 肉体を離れた魂が経験することを現在の科学の常識で判断して、在り得ないこととするのは無意味だと思います。 また、「脳内現象説」を信じる理由として、「現実体験説は立証が不十分」だからとしていますが、「脳内現象説」は脳の機能自体がまだ謎だらけで「脳内現象説」の立証など全く見通しが立たないことを考えると偏った判断と思わざるを得ません。 これだけ調査に時間をかけて、参考文献も大量に扱っているのに、最後の論考が納得のいくものでなかったのは残念でした。立花氏はライターであって学者ではないので、論考に精密さが欠けるのも仕方がないのかも知れません。週刊誌の読み物として楽しく読めることは間違いありません。全体的には、これから臨死体験関連の文献を読んでみたり、死や人間の存在について考えてみるきっかけになる非常に良い本だと思います。 今わの際臨死体験に真っ向勝負した好著。 私の父も臨死体験者で、光のトンネルを「蛾」になって飛んでいたそうだが、ひき帰したら生き返った(心臓手術)。 それまで、臨死体験なんて・・・と思っていた。 どう結論づけるか、期待しながら読み進んだが、最後はあれっという感じ。 ただ、祖母はもだえ苦しんで死んだ。現世に思いがあると、ほんわかした臨死は望めないみたい。 よく生きることは、よく死ぬことだと実感した。 ともかく、読む価値はじゅうぶんあります。 臨死体験を科学的に解明する臨死体験を科学的に説明しようとすると、「現実体験説」と「脳内現象説」の二つになる。著者はどちらかというと「脳内現象説」の方向で説明しようとしているようだ。といっても、現実に死後の世界が存在し、臨死体験の際に実際に霊魂が体内から離脱するという(有り得そうにない)仮設も決して否定はしていない。要するに、臨死体験という現象について、どこまでが科学的に解明された事実であるかという点を調べ上げ、その事実をふまえた上で、どちらが正しいかどうかは各々個人に任せようというのが著者のスタンスだろう。 「脳内現象説」を強く支持する根拠は数多くある。例えば、ペンフィールドが、生きたままの患者の脳を電極で刺激した実験では、脳内のある特定の場所を刺激した際に、患者は「体外を離脱したような感覚」を実際に実感して報告するらしい。つまり、「体外離脱」という現象は脳内の特定の場所が活性化されたときに起こる反応のようだ。このことは最近の論文でも報告されている事実だ。 もう一つ興味深い説明は「感覚遮断」だ。脳は常に外界のみならず、自分の身体からの情報(体性感覚)も受け取っている。この身体からの情報が受け取れなくなったらどうなるか? 自分の身体を感じ取れなくなり、脳内の意識だけが存在する事になる。このことこそ、意識と身体がずれる感覚、つまり体内離脱の感覚なのではないか? なかなか面白い説明だと思った。 実は私自身も「体外離脱のような体験」がある。5歳ぐらいのころ海でおぼれたときに、なんとなく自分がふわふわ浮いていて安らかな気持ちになっているのを感じていた。別に死にかけたわけでもないのだが、そのときの感覚は今も忘れていないのだ。 臨死体験とその理論を解説する著これは、上巻と同じく、臨死体験という体験した人でないと判らない、しかも普通では想像もつきにくい事を説いている。 例えば、山で遭難したある登山家が救助された後、意識は無いのに自分が今どんな状況にあるのかを鮮明に覚えているなどの体験が書かれていたが、これらの証言などは、本当に信じられない体験をした人が鋳ることを裏付けてくれる。 是非、この本で臨死体験について考えて欲しいと思う。 我々の脳に仕掛けられたパラドックス。そして真理へのヒント~人間は、いや生きとし生けるもの全ては「死」を忌み嫌い恐れるものですが、それは肉体そのものを喪失する恐怖と、死後の世界が解明されぬ闇の中の不安で在ると言う理由からでしょう。しかし神秘あるいは宗教的真理を否定する所から出発したはずの「科学」も、歴史を重ね現代最先端科学の現場ではその「神秘」を検証・下手をすれば証明する皮肉な様相を呈して~~います。政治から科学まで現代日本が誇る論客・立花隆がその神秘の世界を考察するのも時代の要請と言う物でしょう。 ~~ 本書のみならず起死回生を果たした人々が語る臨死体験は様々な形で紹介されています。どれも共通したイメージが語られ、ゆえに暗示や死期に際した脳が特異な幻覚を生成するのだと、一応の科学的な解明?が成されなかば定説とされてます。しかし大脳生理学者ワイルダー・ペンフィールド博士による生体実験(電極刺激による脳の感覚地図検証)で右側頭葉にあるシル~~ベウス裂を電極刺激してみると肉体から魂が抜け出す感覚=幽体離脱の感覚が起こる事が発見されています。死に際して脳が放電異常を起こしこの回路が刺激され、人は魂が抜け出す意識体験をする。だから臨死体験は幻覚であるとされるが、これは矛盾してはいないだろうか。そもそも魂が実在しないのなら、なぜそんな回路が脳に仕掛けられていなければならないのか~~。さらに何の目的でそんな回路が「設計」されているのか。進化論の偶然は「設計」などしません。設計とは「意思」が成し得る行為です。その意思とは何者なのか。我々はそれを「創造主」「神」と抽象的に呼ぶしかありません。私はこれらの状況証拠からみても、やはり死後の世界はこの現実世界以上にリアルな世界であり、我々の実態はこの肉体では無く「脳」と~~いう臓器でも無く、「魂」とよばれる実体なのだと思わずにはおれません。時代遅れの科学で武装し神秘を「科学的では無い」と斬り捨てる唯物論者の方々はぜひご一読を。~ |