ポスト消費社会のゆくえ (文春新書 63...

- 文藝春秋 価格 ¥ 945
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ポスト消費社会のゆくえ (文春新書 633)


文藝春秋

価格(new/used): 945 円 / 600 円 より
発売日: (2008-05) アマゾン売上ランキング: 5062 位
新書 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 12件

中高年にとって大変に面白い「読み物」
50代以上の読者にとっては一読の価値のあるとても面白い「読み物」です。タイトルは「ポスト消費社会のゆくえ」となってはいますが、もちろん学術関係の書籍ではなく、むしろ経営者堤清二氏の心象風景がうかがえる面白い対談集です。一気に読んでしまえます。上野女史の忌憚の無い、しかもユーモアのある鋭い突っ込みで元・新興成長企業の二代目経営者の素顔が、更には文人辻井喬氏の素顔が垣間見えてきます。
素直に心象風景を吐露している場面が多々あります。
1960年代から1990年代後半までの日本の百貨店業界の発展と衰亡を時間軸に、親子の葛藤、経営者の孤独、企業と文化、企業イメージ、リーダーシップ、経営と政治、雇用の在り方、消費者論など話題はどんどん展開していきます。
同じ時間を社会人として過ごしてきた中高年以上の読者には興味が尽きません。
外から一消費者として見てきた西武百貨店流通グループの総帥が何を考えてそして感じて行動していたのかその一端を垣間見ることができるというだけでも価値はあります。その意味で一種謎解きのような面白さもあります。
お堅い経営学の本を読むよりためになるかもしれません。
残念ながら、実母や継母のこと、たくさんの兄弟姉妹のこと(特に堤義明氏のことあるいは西武鉄道のこと)にはまったく触れないか、少ししか触れていません。まぁそれだけでも優に何冊かの本が書けるほど話題の多い一族ではあります・・・。
ちなみに鼻持ちならない自慢話は殆んどありません。
意外と素直に話し合っているなぁという感じを受けます(色々な思惑から対談後、相当に筆は入っていると思いますが)。
上野女史というキャスティングが功を奏しています。

ひとりの百貨店経営者の戦後史、それも結果的に経営者の心象風景が印象的な面白い読み物と要約できるのではないでしょうか。



我々はどこへゆくのか?
西武セゾングループの発展と崩壊は、私自身の少年期から老年期とぴったり重なる。同時代人として、セゾングループのたどった道をこうして俯瞰してみると、なるほどと思うことが多々ある。読む人それぞれにとって、本書の持つ意味合いは異なってくるだろうが、あらゆる読書人にとって、普遍的な何かが語られているように思う。
タイトルにある「ゆくえ」が、本書の最後にわずかに話題にされているだけなのが惜しまれる。書名の通りの「ゆくえ」こそ、私がもっとも知りたいことだった。
上野千鶴子と堤清二の関係が面白い
上野がセゾンについて企画参加したことから今回のような異色な
対談になったのだろう。上野も学生運動を経由し、堤も東大細胞
を経験し、そして学者と経営者から物書きになった二人。
つらつら読むには丁度いい、第4章を読めばこと足りるが、要所
ごとの突っ込みは楽しい。
池袋の「タカシマヤストア」の話しや上野の消費者としての民族
主義など、あちらこちらに楽しい話題がちりばめられている。
面白いが、それでって話しで、星は3つ。
セゾンを通して何が見えるか?
まず、本書のレビューですが、セゾングループの実質的オーナーであった堤清二氏
(本書では辻井喬氏)と上野千鶴子氏の対談というだけでも価値があると思います。
あえて、堤清二氏と記載しましたのは、本書を手に取る方は、「堤清二」の話とし
て認識するだろうと思うからです。若干、上野千鶴子氏の話の転換方法が気になる
部分がありますが、それでも面白く読めます。

さて、個人的には複雑な思いがあります。それは、私が、当該グループの出身であ
り、今は離れましたが、別の企業グループで経営に携わっているからです。
私にとっては、「セゾン」には様々な思いがあります。また同時に「オーナー」に
対しても、です。離れた今となっては、ネガティブではなく、むしろ憧憬に似た、
何ともいえない感情です。「セゾン」は各個別の企業群としてではなく、グループ
としてのイメージが、そこに居た者・その文化に触れた者・その時代を生きた者に
残るのでしょう。
また、経営に携わっている者としては、本書で「辻井喬」氏が言わんとすることは
理解できますが、それでも対応しないといけないでしょう、とは思います。
経営とは、非常に難しいもので、言うは易し、なのですが。ただ、資産を差し出し
た氏のけじめのつけ方は非常に見事だと思います。氏のような経営者はいませんか
らね。
セゾンの蹉跌から今学べることって、それほど多くないような気がする
 確か上野の単行本デビュー作は、カッパ・サイエンスから82年に刊行された『セクシィ・ギャルの大研究』で、これは79年に出たゴフマンの Gender Advertisementsを身も蓋もなく通俗化したような内容だったと思う。
 で、本書で上野は79年を「セゾンとパルコが領導した」「空前絶後の、二度と来ない広告の黄金時代」(p98)と形容していて、これを「(上野ら団塊世代は)まんまと西武にはめられた、じつにうまく乗せられた」(p92)という発言と考え合わせると、30歳頃の上野がどう問題を立て、それをどう切ろうとしていたか、よく分かる。
 糸井重里の仕事を、全共闘的出自の延長線上にある文化闘争と位置づける解釈を眼にすることがあるが、上野が堤の政治的過去を踏まえつつ「西武はビジネスの上ではベンチャー体質、テイストの上でもアバンギャルド体質である」(p58)と性格づけるのも、要するに同じことを言っている。因みに上野と糸井は共に48年生。49年生の内田隆三なんかも消費社会論や広告論をやってて、『シリーズ・セゾン』とやらに上野と一緒に協力している。この世代にはセゾン文化への特別な思い入れがあるのかな?
 そういえば46年生で信州大全共闘だった猪瀬直樹も西武を論じていたけど、猪瀬は『シリーズ・セゾン』に御呼びはかからなかったみたいで、本書でもまったく無視されている。堤と上野は京都の某シンクタンクの「株仲間」として仲良く名前を連ねているが、そういうサークルに加わらないような無粋者は、やっぱり排除されるんだと思う。
 最後に一言。p269の上野の発言に「いま愛国・祖国モノがウリセンですから」とあるのは、やっぱり「ウレセン」の間違いだと思う。
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