誰か「戦前」を知らないか―夏彦迷惑問答 ...

- 文藝春秋 価格 ¥ 725
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誰か「戦前」を知らないか―夏彦迷惑問答 (文春新書)


文藝春秋

価格(new/used): 725 円 / 1 円 より
発売日: (1999-10) アマゾン売上ランキング: 70741 位
新書 / 在庫あり。
[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 8件

自虐史観の洗脳を解く鍵
 「今の老人は老人ではない、若者の口真まねに終始します。」(P10)での「老人」は、どの世代かと考えると、鍵の一つが見つかります。昭和20年の敗戦から50年過ぎた平成7年頃から連載された記事が、本書にまとめられています。

 ここで言う、新たに老人の仲間に入ってきた世代は、大正末期以後の生まれの方々。敗戦のときは多感な時期です。昭和6年の満州事変、昭和7年の5.15事件で軍部が台頭するまでは、主流派だった「天皇機関説」が、昭和10年には引きずり降ろされ、学問の場からも追放されました。

 そんな時期に、軍国思想を刷り込まれて育った世代は、敗戦とともに信じていたものを否定され、精神的支柱を失いました。「戦前は暗黒時代」と洗脳され、高度成長により目まぐるしく変わっていく中で、古いものを十把一からげに見下すようになりました。

 以後、信念を持たず、周りに合わせるのが大方の生き方になり、今に続いています。その辺り、戦後の大衆心理については、「現代家族の誕生」(岩村暢子著、2005年、勁草書房)に詳しい調査分析があります。

 著者は、この様な「戦前は暗黒時代」と言う洗脳を解くべく、記事の連載を始められました。大正デモクラシーの時代に育った著者は、この洗脳には、やりきれない思いだったのでしょう。昭和初期までの世相をディテールから書き起こしています。この様な世相でありながら、対米戦争に突っ込んでいったのが、なおさら不思議になりました。

 もう一つの鍵は「ハルノート」への対応(P14)です。謎は解けました。頭の固い学校秀才と温室育ちで固められた政府首脳部が、厳しい局面に立たされた時、柔軟な思考力を発揮できず、大衆化していた民主主義にも上手く対処できなかったと言う事です。

 何だか、最近、日本の政府首脳が、昭和10年頃に似てきており、国の舵取りを誤ってしまうのではないかと、恐ろしくなってきました。
では戦前は明るかったのか
戦前と戦後が全くの別世界だったわけではない。
戦前にも色々な人がいて、多様な現実があった。

では戦前が明るかったかというと、やはり違うだろう。
時代の暗部に真剣に向き合った人にとっては、やはり暗いの時代だったのである。
ただ、多くの庶民はあまり深く考えなかった。
だからこそ、戦争に向かう動きを止められなかったのである。

この本から知り得ることは、そういうことだ。
一つ間違えると歴史を読み違えるから、要注意。
コラムよりも言葉がつくされている
今は亡き夏彦氏といえば辛口コラムである。
ただ本人も書いていたようにコラムは言葉を削りすぎてよくわからない場合すらあった。

本書はインタビュー形式でかねてから力説されていた、
戦前は断じて暗黒時代ではなかった、
ということについて、夏彦氏にしては珍しく多くの言葉で語られている。

インタビュアーの方は「室内」の工作社の社員で現代若者の代表という位置づけのようだが、
決して平均的な若者ではなく、むしろかなりの才媛であり、
夏彦翁を向こうにまわして丁々発止とは行かないが、機転の利いた受けがみられる。

戦前というテーマは硬いのだが、中身は民俗的なことであり、
上記のようなやりとりもあることから楽しんで読むことができた。
写真コラムの後に読まれると良いかと思う。
スパイシー山本
戦前暗黒史観を是正するのが目的なのだが、科学と哲学の分離
という現代にとって深刻な問題をあっさりと言ってみたり、
本質的発言が多かった。

雑談形式ということもあり、脱線に次ぐ脱線。
これもまたおもしろいのだが。。。また辛口。
かなりスパイシー。例えば、
戦前も戦後も大衆はイナゴの大群同様、欲してもいない女に参政権は
不要(責任ある壮年がもつべき)、見巧者の不在で映画は滅びた、
現代小説は死んだ、原水爆禁止などは世迷い言など言いたい放題。
しかし納得。

で、著者は大正生まれが原因なのか、昨今の若者の漢字知らずを
浮き彫りにしたいのか(笑)、なかなか意味の捉えにくい漢字が
多かった。例えば陋巷、鼓腹撃壌、嫋々たる、独参湯、粗略、
童蒙、束脩、偉丈夫などである。久々に辞書を何回も引くことに
なり、勉強になった(笑)。
戦後日教組的教育を受けてきた方であろうが、そうでなかろうが
リアルな戦前を知るにはよい本だと思う。

変化もまた連続した歴史の中の出来事
渡部昇一が「大正期には軍人は小さくなっていた」と書いているのを読んで、「戦前」がすべて真っ暗だった訳ではないということを、私ははじめて知った。以来、戦前が本当はどういう時代だったのか、ということが気になっているが、どういう文献にあたればいいのか判らないこともあって、気にはなっても知識は増えない。先般も大阪圭吉を読んで戦前の裁判の意外なまともさに驚いたような始末である。
本書を手にとったのはむろんそういう知識を欲してのことで、その点では正直いってやや期待はずれだった。本当に問答を紙に落としたものなので脱線や繰り返しが多く、著者一流の断定も根拠があるのかないのか。資料的に参考にするには不向きな一冊ではあった。
かといって、読んだのは時間の無駄だったかというとそうではない。長い人生を生きてきた一人の証人の、あちらに飛びこちらに脱線する語りに付き合っているうちに、時代はやはり繋がっているということが判ってきた。変わらないものも変わるものもすべて連続した歴史の中の出来事なのだ。明治からカレーがあるように、核家族が大正デモクラシーのうちにあるように、戦後にあるものはテレビを除いて戦前にもあったかも知れない。これはこれで、戦争と言う特殊な状況下での諸々を戦前の常態とみることの愚かしさを教えられて有益ではある。だがそれだけではない。戦前に既に変わってしまっていたものや、戦後しばらくして変わったものもあるのだ。漢文の素養は広瀬武夫や夏目漱石までで以後は失われた。一方で電話が普及したのは昭和三十年代に入ってからだ。
そもそも我々は、戦前と戦後ですべてのことがいっせいに変わったと思い込み過ぎていたのではないか?時代で区切ることの危うさを痛感するとともに、バブル崩壊後の日本の変化を明治維新や敗戦と同列に論じることが、決して大袈裟ではないということも改めて認識させられたことである。


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