盲目の時計職人

日高 敏隆 - 早川書房 価格 ¥ 3,150
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盲目の時計職人

日高 敏隆
早川書房

価格(new/used): 3,150 円 / 2,499 円 より
発売日: (2004-03-24) アマゾン売上ランキング: 85897 位
単行本 / 通常24時間以内に発送
[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 6件

最高傑作の進化論概説書
ドーキンスは前著「利己的な遺伝子」と「延長された表現型」で、“個体”中心の進化観から“遺伝子”中心の進化観へのパラダイムシフトを提案してきました。しかしこれらの著書では読者が前提としてダーウィン進化論を受け入れていることが想定されているようで、門外漢にはよく理解されなかったのではないかと思います。

そこで、一般読者を対象に「ダーウィン進化論」そのものを解説する、という趣旨で書かれたのが本書です。生物の複雑な適応的デザインの進化はダーウィン的な累積淘汰でしか説明できないことを、圧倒的な説得力をもって解説していきます。原書出版から20年を経ても、今なお色あせない最高級のダーウィン進化論の入門書でしょう。とはいっても簡単ではないところがドーキンス流。相手が一般読者だからといって議論のレベルを落とすようなことはしません。

本書の魅力的な部分を挙げれば、なぜ進化論が理解されないのか?という疑問に答えているところです。人間の認知能力もまた進化の産物である以上、せいぜい(人間の寿命である)数十年というタイムスケールでおこる事象までしか直観的な理解が及ばない。だから生物進化という数百万年規模で起こる事象については、直観的に「起こりそうもない」と判断してしまうのだ、という議論です。(同様の主題は後の著書「虹の解体」でも展開されています。)また、創造論者に対する対決姿勢を鮮明に打ち出したのも本書が最初であること。グールドとの論争が、ダーウィン主義の枠組み内での建設的な議論であったことも良くわかる、などドーキンスファンにとっては歴史的な価値も高い名著です。

先日国立科学博物館の「ダーウィン展」を見に行ったところ、物販コーナーに本書がグールドの著作と並んで平積みにされており、思わず微笑んでしまいました。以前にも読んでいましたが、改めて読み返してみてその価値を再確認したところです。


面白いが,ちょっと冗長?
前に『利己的な遺伝子』を読んだときのも思ったのですが,この人の文章ってちょっと冗長ですよね.たぶんなるべく誤解を招かないように慎重になっているからだと思うのですけど.

本書も,面白かったのですが,邦訳で500ページもある.たぶんその気になれば300ページくらいになるんじゃないかと思うのですが.

ところで,グールドの論敵であるドーキンスが,グールドの断続平衡説に対する世間の(創造論者の?)誤解を正そうとしている点はおもしろかった.しかも微妙に断続平衡論者に対するけん制も織り交ぜながら.

あと,中立進化説の意義についてこの本を読んでようやくわかってきたような気がする.形質が似ているふたつの種があって,その類似性は,収斂進化(別々に進化したのだけど結果的に形状が似てくる進化)のためなのか,類縁関係があるからなのかが判断できるということなんですね.
ドーキンスに魅せられた方へ1
正否の立証材料に事欠くダーウィン進化論(突然変異と自然淘汰)は、
論理の問題として詰めざるを得ないのだが、こう考えれば上手くいくというオモテの議論(A⇒B)ばかりで、
これ以外では上手くいかないというウラの論理(notA⇒notB ⇔ B⇒A)が欠けているからいつまでも論争が続くのである。
「正しいと私が信じていないことは、決して口にしない」← 勇ましい発言である。
書く必要など全くないこうした信念ばかりが目立つ立論であるにも関わらず、著者がなぜこれ程支持されるのか?
ダーウィン進化論の馬脚を露わにした武谷三男氏の立論を御披露したい。
突然変異は可逆変化(←記憶されたい)であり、進化という不可逆性を担ってきたのは自然淘汰のはずである。
よく考えていただきたい。以上の論理的帰結として、我々進化の最前線にいる現生生物は、
初発の原生物の突然変異株の集合に当初から含まれていたことにならざるを得ないのである。
突然変異という可逆変化(元に戻れる変化)の許す範囲でしか自然淘汰が作用しない所以である。
初発の原生物の突然変異株の集合内で変異してきたにすぎない過程(=ダーウィン進化論)を、
「進化」と呼ぶことには、躊躇せざるを得ない・・・以上が、武谷三男氏の立論である。
初発の原生物の突然変異に人間が含まれると信じられる人に対しては、
ダーウィン進化論は説得力があるのかもしれないが、私は全く信じていない。
ドーキンスに魅せられた方へ2
発生論の因果律にはあえて言及せず、恣意的かつ多様な構造の突然かつ共時的定立(遺伝子の表現型の多様性)を
謳った池田清彦氏の構造主義進化論の方が、私には突然変異よりもはるかに説得力があるのである。
個(遺伝子)が全体(生存機械)を規定する還元論の帰結は、ニュートン力学同様に決定論である。
ドーキンスのしたたかさは、決定論(=還元論=利己的な遺伝子)を非決定論にすり替えた手際の良さにある。
遺伝子に働くとされる自然淘汰を、自然界の「盲目(=無目的)の時計職人」と述べ、
無目的な自然淘汰(=非決定論)の結果が順次蓄積した「累積淘汰」を以って、
目的があったかのような精巧な生物体が現われたのだと論じているが、
目的を持った時計職人ならば、矛盾するのだという立論が全くなされていないのである。
はじめに非決定論ありき・・・ゲーデルの不完全性定理を履修すれば、非決定論など当たり前である。
論理の問題として詰めざるを得ない進化論においてこそ、信念の開陳よりも可謬性を自覚した諦観が求められるのである。
「利己的な遺伝子」なる決定論(=因果律)の破綻を認める時期がやって来たのだ!
説得される快感
名著「ブラインド・ウォッチメイカー」の改題新装版。
生物の持つ複雑で見事な適応を説明できる唯一の理論が自然淘汰説だけであることを実に解りやすく、実に丁寧に、実に説得力を持って示す手腕にはただただ舌を巻く。

なんとなく「自然淘汰って間違ってるんじゃないの?」と思っている人もこれを読めばたちまち熱狂的なネオ・ダーウィニストに転向するだろう(私がそうであった様に)。

神による創造や根強い人気を誇るラマルキズムを正面から粉砕し、それらが実際問題として間違っているだけでなく、そもそも論理的にありえないことを指摘したくだりは美文とあいまって圧巻。
旧版の帯には「ダーウィン進化論の理論的到達点」、ある本のコメントには「説得される快感を味わわせてくれる」とあったがこれらの言葉に嘘はない。