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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライ... |
| Francis Scott Fitzgerald - 中央公論新社 価格 ¥ 861 | |
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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)Francis Scott Fitzgerald 中央公論新社 価格(new/used): 861 円 / 206 円 より 発売日: (2006-11) アマゾン売上ランキング: 1411 位 単行本 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 57件 現代の語り口にするにはちょっと無理があるかな。なにしろ80年前の小説です。村上さんはよく「翻訳の賞味期限」をいい、現代語で訳文を書くことに努力され、本書も、たとえば会話で語り手が相槌をうつ場合「そうなんだ」と訳す箇所がありますが肯定文なのか相槌なのか分かりにくかったりします。わたしには大貫訳の方が1920年代風でしっくりきます。もっとも、新たに翻訳するということは、すなわち現代風の言葉使いにするということなのでしょうけど。うーん、村上さんの翻訳は、カポーティとカーヴァーがもっともマッチしていると思いますし、好きです。サリンジャーのケースも村上訳としてはあまり評価できなにのですが、やはり、原作の年代がもっと新しい方が読んでいて違和感を感じません。 暑い夏にまた読み返したいと思います。大学生の頃「華麗なるギャッツビー」を読んだ記憶があります。当時、村上春 樹の「ノルウェイの森」を読み終わった後で、その主人公と先輩の長沢さんがと もに読んでいて、長沢さんが「華麗なるギャッツビーを読むような奴なら友達に なれそうだ。」といったセリフが印象的でした。 今回、映画を観終わった後、この村上訳の「グレートギャッツビー」を読みま した。学生の頃読んだ時は、さしたる印象もなく「何でこんなに村上春樹が絶賛 するのか?」と疑問でした。ストーリーも情景も頭に入ってこなかったと思いま す。 映画を観たお陰と村上訳のお陰か、今回はよくストーリーと登場人物の心理描 写が読み取れました。ひと夏の物語。さっぱりとして、暑い夏にまた読み返した いと思います。 「平等の国アメリカ」のウソ個人的には野崎訳の方が好きだ。とはいえ、村上訳は脚注が詳細なところが好ましい。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のときもそうだった。アメリカ文学、あるいは「文化」を理解する際に我々日本人が知る由もないことを知っておくことには意義がある。日本人が知る由もなかったことと言えば、アメリカは平等の国ではけしてないということではないだろうか。一人の女を一途に愛する、ただそれだけのために財を成し夜な夜な派手なパーティを開くギャツビー、そしてその女と彼女が嫁いだトム・ビュキャナンとの間には、やはりどうしても越えられない「壁」があることをこの物語は雄弁さをもち我々に教えてくれる。そうなのだ。いくらカネがあっても、あるいはオックスフォードを騙っても、どこかピントのズレているギャツビー、そういうギャツビーには哀れみと共に、なぜか愛おしさを感じてやまないのである。 古き良き時代への妄執の恐ろしさ戦争後に職にあぶれたロスト・ジェネレーション世代ものの代表作。 あまり指摘されないことだが、この作品では「古き良き白人社会」への妄執がトムの狂信的な主張とデイズィの裏切り、そしてギャツビーの懐古趣味的なデイズィへの執着と成り上がり根性によく現れていると思う。 ニックは「古き良き」社会にも属せないが、かといって新しい社会を築こうとするわけでもない、まさに宙ぶらりんの存在であり、それが故に昔にこだわる人間の悲劇をよく理解し、読者に紹介できるのではないだろうかと思われる。 特に最後の文章は何度読んでも深く考えさせられる。 まさに人間とは、過去へ過去へと運び去られる存在に他ならないが、進む先は未来にしかないのである。 ギャツビー氏の人間性についてギャツビー氏は変わった人だと思う。一途な恋心を持つことはあると思うが、その想いを尋常でない方法で適えようとしている。気が小さい人であると思う。もっと他のやり方があったのではないかと思う。 トム氏の人間性を好きになれない。卑しい感じがする。トム氏とギャツビー氏のどちらと友達になりたいかと問われれば、私はギャツビー氏と友達になりたいと答えるだろう。きっとキャラウェイ氏も同じだと思う。 |