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法の哲学〈2〉 (中公クラシックス) |
| Georg Wilhelm Friedrich Hegel - 中央公論新社 価格 ¥ 1,470 | |
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法の哲学〈2〉 (中公クラシックス)Georg Wilhelm Friedrich Hegel 中央公論新社 価格(new/used): 1,470 円 / 1,170 円 より 発売日: (2001-12) アマゾン売上ランキング: 213979 位 新書 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 2件 本書の核心の部「法の哲学」の圧巻は第3部のSittlichkeitにある。倫理という翻訳が本書に当てられているが、和辻哲郎の「倫理学」(これも本書の影響下)の趣旨を反映させている気がする。語源のSitteを汲めば、習俗規範という別な訳が妥当かもしれない。長谷川宏は「共同体の倫理」とか「共同体精神」とか訳している。「家族」についての叙述は平凡に見えても、近代の家族をモデルに、「家族」の本質を描く意外に非凡な章だと思う。全編の「白眉」と言われる「市民社会」の章は、まさに本書の根幹。第2部「道徳」において展開された「悪」の問題が、現実の世界で展開される。一方、それは、同じ「道徳」において展開された「善」「幸福」の現実的な生態でもある。良く言われるように、ヘーゲルは「近代」を論じた最初の思想家ではないが、「近代の問題」を最初に暴き出した思想家だ、というのは正しいと思う。スリリングなのは、誰の目にも明らかになった社会の問題を後知恵的に論じているのではなく、近代が発展期に入り始めた頃、嘗て無いほどに物資が豊かに行き渡り始める一方、ふと注意してみるとそれまであった貧困や個人の没落といった不幸とは、似て非なる現象が起こり始めており、かつての人間関係とは異なる事態が生じていることにヘーゲルは気付いていることだ。しかもそれが自分が主張して止まなかった「人間の自由」の発展の結果に起きていることに気が付いたに違いない。動物的な直観力で事態を嗅当て、思弁的力で問題の本質に迫っていく論述は、一見整然とした叙述を乱すが如くで読者を惹きつけるだろう。「国家」での解決は、現実との妥協としばしば批判されるが、確かに直面した問題の大きさと自身の体系(信念)との狭間で、据わり悪い印象は否めない。だが、民主主義の弊害に気付き始めた我々にとっては、ヘーゲルの指摘は荒唐無稽とはいえない。無論歴史的な状況からすればリベラルな進歩派でさえあっただろう。コルポラチオーン(職業団体)の位置づけは、今日、オランダなど小規模な国家では実際に垣間見ることが出来る姿でもあって、官民一体の組織は、規模の小さい国家では、反動でも社会主義でもない、必要からの対策だ。豊饒に過ぎる内容は、常に我々の思索の指針になると思う。 あなどれない自由国家の第一の土台が家族であるのに対して、「身分」は第二の土台である。身分という私的人格は利己的であるにもかかわらず、それ自身普遍性を担っており、そのようなものとして普遍者たる国家に結びつく、とヘーゲルは言う。そして身分を定義して次のように言う。「限りなく多種多様な手段と、相互的な生産と交換におけるそれらの手段の同様に限りなく交錯し合う運動とは、それらに内在する普遍性によって集塊をなし、もろもろの普遍的な集団に区別されるのであり、その結果その全連関が、欲求とその手段および労働の、欲求充足の仕方、方法および理論的ならびに実践的な教養の、特殊的体系に個人がそれに割り当てられる体系――に、すなわち身分の区別へとつくり上げられるのである。」 この文章を一読して理解することができるであろうか。しかも家族と並ぶ身分について語っているのである。これほどさように一筋縄にはいかぬのがヘーゲルである。なんと自由とは厄介なものであろうか。 |