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大衆教育社会のゆくえ―学歴主義と平等神話... |
| - 中央公論社 価格 ¥ 735 | |
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中央公論社 価格(new/used): 735 円 / 1 円 より 発売日: (1995-06) アマゾン売上ランキング: 37821 位 - / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 12件 15年後から振り返って。本書の初版は1995年だから、既に15年近くが経過したことになる。今では、著者が本書で問題とした素朴な学歴社会批判は、あまり目にしなくなった。欧米でも学歴が(しばしば日本以上に)重要な役割を果たしていることは広く知られるようになってきたし、理想としての「実力」と現実としての「学歴」を対比して優劣を論じるようなナイーブな議論も、以前に比べ流行らなくなってきたように思う。また、能力別クラス編成や補修の実施は生徒の劣等感の助長につながるからけしからんといった奇妙な平等主義も、少なくとも教員集団の外では、もはや賛同を得ることはないだろう。その意味で、著者が本書で企図した教育にまつわる諸神話の破壊は、確かに達成されたと言ってよい。 しかし残念なことに、教育政策が実証データの分析よりも人々が抱く情念やイメージによって決定される傾向は、過去十数年間いっこうに改善しておらず、むしろ悪化しているように思える。「個性の尊重」「生きる力」「ゆとり教育」「学歴低下」「学級崩壊」「愛国心」「モンスターペアレント」と、次から次へとキーワードが生産され、消費される。古い神話は新たな神話に置き換えられただけであった。いつの日か皆がクールダウンして、著者が提案する「教育と社会との冷静な検証」が議論の主流を占める時が来るのだろうか。どうも見通しは暗そうである。 教育と社会の連関学歴や能力主義やゆとりなど今日よく話題になる事柄について論ずる前に読んでおくべき一冊。筆者は特にそれらについて意見を述べているわけではないが、自らの意見を見直させてくれるであろう。また、階層の再生産などについても触れられており社会学に興味を持つ者にも悪くない一冊であろう。 戦後、日本では「大衆教育社会」と呼ぶべき状況が生まれた。しかし、筆者によればこのような「大衆教育社会」は今日もはや崩れつつあり、近年よくいわれている「個性の重視」、「学歴社会の改善」、「画一化の是正」などはそのような変化の一端といえる。しかし、今日のそういった議論は、必ずしも的を射たものとはなっていない。なぜか?それは現在の議論が、「教育の問題を社会から切り離して論じているからである」、と筆者は述べる。そして、そのような状況に一石を投じようというのが本書の試みなのである。 以下では、本書のおおまかな流れを示す。 まず、「大衆教育社会」とは何かというと、教育が大衆化していること、業績主義による競争が大衆化されていること、エリートが大衆の一部となっていることなどによって特徴づけられる社会のことである。筆者はこの「大衆教育社会」がいかにして成立したか、という疑問を自ら設定し、その疑問を人々の意識や階層や職業などから読み解いていく。そして、一見すると奇妙なことであるが平等主義と能力主義が結びつくことによりそれが成立した、という結論を得る。 しかし、筆者が述べたいのはそれだけではない。筆者は平等主義や能力主義といった社会的条件が「大衆教育社会」の成立の原因になったこと、そして教育の社会への影響を明らかにする事により、現代でも、教育だけを論ずるのではなく、教育と社会を連関させて議論すべきであることを私たちに示す。 教育を論ずるならば欠かせない主要な内容はほかのみなさんが書いておられますから省きます。 個人的には、日本以外での教育の不平等論、学歴社会、能力主義批判、が日本とまったく異なるというのは、わりと知らなかったので驚いた。 筆者の試みは、教育論議それ自体の相対化なので、教育論議をするならば、ぜひとも読んでいただきたい。 いろいろと有益な視点も得られるはずである。 特に、最終章の最後のところ 「教育に何ができるのかを考えるのではなく、何ができないのかを考えること。 教育に何を期待すべきかではなく、何を期待してはいけないのかを論じること。」 というのは、心に留めておくべきだろう。 群を抜く論理と考察力本書のタイトルである「大衆教育社会」とは、 どのような社会で、それはどのように生まれ、 また発展し、そしてどこに向かおうとしているのか・・・。 戦後日本の教育と社会との結びつき、そしてその形成過程を、 「比較社会学的考察」なる手法を用いて、日本と他国との 社会を比することにより明らかにしようとする試みである。 精緻であり、かつ多方面からのアプローチにより、 これらの問いに答えを見出す著者の考察には、 感服せずにはいられない。この程度の出費で、これだけの レベルの本が読めるのは幸せだと感じさせられる一冊である。 機会平等をゆえの不平等社会私は高校生の頃、日本ほど平等な国は無いと思っていた。階級社会の欧米と違って、日本ではテストで合格点さえ取れば、誰でも希望する進路に進めたからである。しかし、東京大学生の保護者の収入が日本一という結果を聞いて、やはり裕福な家庭の方が有利なんだと感じた。しかるにこの本を読んで、保護者の収入だけでなく社会的階層も子弟の進路に有意に影響することが分かった。そして、日本も欧米以上に社会的階層が固定されていて、教育機関が不平等の再生産に力を貸している事も理解してしまった。不平等の再生産を許している動力源が平等主義とはなんとも皮肉なことか。少し読み難かったので一点減点。 同じテーマの商品を探す
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