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私の嫌いな10の人びと |
| - 新潮社 価格 ¥ 1,260 | |
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私の嫌いな10の人びと新潮社 価格(new/used): 1,260 円 / 94 円 より 発売日: (2006-01-18) アマゾン売上ランキング: 133122 位 単行本 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 18件 本気で読むと肩すかしあとがきで著者も触れている通り、「嫌いな10の人々」について並べただけで、 (しかも、読者が興味を持ったところで次の話題に移ってしまうような)肩すかし的で散漫な印象が残ります。 結局、何を「間違っている」と思うかは本人の主観でしかなく、論理を用いれば別な論理で穴を突かれることは必至なので、 上手い具合に「詰める」ことをせず、不戦勝を勝ち取る、というスタンスなのでしょう。 それについても、ご自身のことを「卑怯者の不道徳漢」だとして、著者は言及済み。周到でお見事!といったところでしょう。 ちなみに著者の「他人を変えようとは思わない」というのは建前だと思う(笑)。 「嫌いな人々」をこてんぱんにやっつけてもらい、スッキリしたい人には物足りないかも。 この本を読んで「スッキリしない」と不満を持つこと自体が、まんまと著者の術中にはまったというところでしょうか。 新鮮な観点だが、疑問も感じるこの本は広く読まれるべきだろう。特に、善意の背後にある無神経さというような問題は、重要である。みんなが良いと思っていることも、違った視点からは、全く違ったものに見える。 しかし、著者が当然と考えていることでも、別の視点からは、違ったものになることを、著者に知ってもらいたい。 著者は夜回り先生の水谷氏に、相応の尊敬を示しながらも、疑問を呈する。水谷氏は、夜の世界で薬物、売春などでずたずたになっている若者に、昼の世界に行くことを勧める。まじめに学校へ行く、働く、家族を大切にするというような昼の世界が幸福を与えてくれることを、水谷氏は信じているようだが、著者から見れば、それは当然のことではないというのだ。著者のもとにやって来る若者たちは、昼の世界に幸福を見出せていないというのだ。この観点は、多くの人に新鮮に思えるかもしれない。 しかし、私は、人の心の問題をわかっておられないのではないかという疑問を感じる。 愛されたことのない子供の絶望、仕事を失って家族を養うことができない親の焦燥、病気や障害を持った家族を持つ人々の将来への不安、このようなことを体験したことがない人は、平凡な幸福というものを陳腐に思うかもしれない。 だが、平凡な幸福を奪われた者には、それを取り返すだけでも、人生は意味を持つ。 しかし、このことは、ゲーテの言葉を借りれば、涙とともにパンを食べたことのないもの、悲しみにみちた幾夜をベッドで泣きあかしたことのないものには、わからないと言えるかもしれない。 このような問題について、著者がどう考えるかを知りたいと思う。著者は、柔軟な思考の持ち主だと思うので、話してみたいと思う。 正義感や強制を強いる世間の重圧から開放される本生活していると、本当に小さなことだけど積もり積もってゆく世間の重圧。 こちらの意向を足蹴りにしても、慣習を強要させる。 笑顔を強制されたり、感謝を要求したり、善意を押し付けたり、前向きにさせたり、けじめを教えこんだり。 けっして人間関係で相手を傷つけたいとは思っていないのに、少し肩の力を抜きたいだけなのに。 なんて、蓄積されてしまう世間の重圧がこの本で開放される。 「私もそういうの嫌いやねん」って、何度か頷いてしまう本だった。 全くこのヒネクレ者のおじさんときたら…!痛快でした。 タイトルで紹介される10項目の人々だけでも十分笑えましたが、 読んでみると、私自身が抱えていた嫌いな人々に対するモヤモヤしたわだかまりのようなものがスラスラと言葉で表現されていて痛快でした。 だからと言って、ここに書かれていることを対象者にそのまま伝えるわけにはいきませんが、それでも幾分か溜飲の下がった思いです。 思っていることを…日頃「100%本当のことを言ってはいけない。」「相手が言ってほしいことを言ってあげればよいのになぜできない。」と日々、無礼者と叱咤を受けるしがない会社員の私は、本当に思ったことをロジカルかつストレートに表現して生きられるとはなんとうらやましいことか。 あ〜大学教授になればよかった。哲学の。 同じテーマの商品を探す
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