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ハツカネズミと人間 (新潮文庫) |
| John Steinbeck - 新潮社 価格 ¥ 340 | |
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ハツカネズミと人間 (新潮文庫)John Steinbeck 新潮社 価格(new/used): 340 円 / 99 円 より 発売日: (1994-07) アマゾン売上ランキング: 59050 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 21件 悲しい結末の話確かに名作だが、こんなに悲しい結末の話に星5つは付ける気になれません。 短編で読みやすく(慣れないと読みにくいかもしれませんが)展開はスムースで全く違和感もなく、感動的な小説です。 途中まで黒人の話だと思って、黒人の歴史を調べて、1865年に終わった南北戦争どころか、1970年ころまで、ひどい差別があって、1990年にはロス暴動があって、と思いながら読んでいたら、メインの二人は白人であることがわかりました。で、"The Painted House""To Kill a Mockingbird"などに出てくる貧しい白人の話などを思い出しながら読みました。 いくら名作でも107ページでこの値段は高すぎるのではないでしょうか。他の作品とまとめて一冊にするとか。Jhon Steinbeckの愛読者は賛成しないでしょうが。 人は何を糧に生きているのかレニーとジョージのコンビと,彼らをとりまく人間達を描写することで,スタインベックは 『人間とは一体何か』 ということをこの短い小説に要約しようとしていたのではなかろうか。 登場人物の言動には,人と人との深い心のつながりと,それと紙一重のところに横たわる 『差別』 や 『蔑視』 というものの存在が浮き彫りにされていた。 また,人の優しい心と,怒りや狂気というものが,実は隣り合わせであるということを,レニーという精神薄弱な大男を操ることでうまく表現していた。 物語の中でたびたび将来の夢の話が出てきた。 相棒が語るワンパターンな空想話を,大男は何べんでも聞きたがり,そのつど満たされた気持ちになる。 このあたりは,まるで聖職者が語る同じ説話や詩を何度も聞いては満たされる信者を連想させる。 また,話を聞いた他の人々も 『自分もそこへ一緒に行きたい,仲間に入れてくれ』 と言いだす。 人が抱く将来への夢や幻想と, 『天国』 とか 『極楽浄土』 とかいうものを,同じ解剖台に置き,そこにある心の美しさだけでなく 『人間の神聖なる愚かさ』 というもののタネをあばいてしまう様子は,読んでいて実に心地よい明快さをもたらすが,同時に解剖標本を鼻先につきつけてくるようなえげつなさもあって,あまり後味のいい物語ではなかった。 孤独な人が夢を失ったとき頭の切れる小男ジョージと、頭は鈍いけど力持ちの大男レニー。カリフォルニアの農場を転々と、小銭を稼ぐ、渡り者。汗水流して刈り入れた作物も、けっきょく農場主のものになり、じぶんの手元にはなにも残らない。現代でいえば、フリーターか、派遣工。いつの時代の、どこの国でも、搾取される人間の例には枚挙にいとまがないもんだ。 現代の多くのフリーターがそうであるように、ジョージとレニーはなにも持っていない。身よりもないし、住む家もない。あるのはただ、じぶんたちの小さな農場を作って暮らしたい。そんなちっぽけではかないひとにぎりの夢だけ。 思えば、作中に出てくる人物は、みな孤独な人間ばっかりだ。ジョージには身寄りがないし、レニーは小動物をなでるのが大好きだけど力が強すぎていつもネズミやイヌを死なせてしまうアンビバレンツな寂しがりや。黒人のクルックスは皮膚の色ゆえに飯場に入れてもらえず本を読んでいるしかないし、キャンディ老人はじきに働けなくなってみんなに見捨てられる存在であることを自覚している。あばずれだと噂されるカーリーの女房だって、ただ淋しくてだれかと話したいだけなのだ。 ジョージとレニーの友情の本質は、かれらの抱える孤独にある。ひとりぼっちが嫌だから、かれらはいつもいっしょにいる。そしていまが不遇だからこそ、互いに言い聞かせるように、未来の夢を語り合う。叶うはずもないとわかりながらも、かれらは夢にすがらなければ生きていけない。だけど、もし、そのちっぽけでささやかな夢が、永遠に叶わないことをじぶんではっきりと認めてしまったとしたら――人はどんな気分になるだろう。そして、残りの人生を、どうやって生きていけばいいのだろう? この本は夢を失ったときどう生きればいいか、そんなことまで懇切丁寧に教えてくれるような本じゃない。そんなものはけっきょく、各自それぞれが答えを見つけ出さねばならないことなのだ。ただ、この作品は、そうした悲しみを抱える人間がひとりじゃないってことを教えてくれる。ほかにも同じように悩み、苦しみ、どうしようもなくただ乏しい金を使い果たして生きるしかない人間がやまほどいるってことを、教えてくれる。ああしろこうしろなんて指図じゃなく、ただ、そこにあるのは、作者の圧倒的なまでの弱者への共感。すげえやさしくて、ぐびぐび泣ける。作りがシンプルだから、鉄骨みたいに強い作品。いい本ですよ、こいつはね。一読をば是非。 これが友情の究極の形か本書は、いつも頭が切れて友人の面倒を見ている小男ジョージと、頭は弱く愚直で不器用だが力持ちの大男レニーの話である。レニーは自分の気持ちに正直すぎるが故にしばしば問題行動を起こしてしまう。一見対称的な2人だが、ジョージにとってレニーはなくてはならない存在であり、逆もまた然りなのである。身体の小さなジョージはレニーの頭脳となり、大男のレニーはジョージの身体となって、2人はお互いの欠点を補う理想的な友情関係を築いている。 私はこれほど印象的な物語を未だかつて読んだことがない。物語の終盤でジョージが下した決断が衝撃的だったからだ。ぜひ、多くの方に実際読んでいただきたいのであえて本書の詳細までは述べないが読後は、なぜこうせざるを得なかったのかを考えることとなるはずだ。私は、読後に物語の最初に戻っていろいろ考えてみた。すると、ジョージがとった行動の根拠となる箇所を多々確認することができた。そこからは、ジョージは最後にこうなることをまるで予期していたかのように読み取ることができる。ジョージの頭に一貫してあるのはレニーへの友情である。やはり2人の友情関係は本物だった。 本書は理想的な友情関係を考える上でバイブルとなり得る一冊である。そして、本書を本当の友人と呼べる人にも薦めてみてはいかかだろう。深い感銘を与えるはずである。 何とも言えない、人生のやるせなさを感じる。ジョン・マルコヴィッチとゲイリー・シニーズが演じた映画を見て感動し、原作を買った。映画の作品があまりにも強烈だったため、小説で読んでも彼らの顔が頭に浮かんでくる。 極限に生きた人間が、いかんともしがたい運命を受け入れざるを得ない・・・・、何ともいえないやるせなさを感じさせる。「殺すことが最大の愛情表現」、これは一見矛盾するように思えるが、この作品の中では全く矛盾しない。読む人の心にいろいろな思いを巡らせる作品である。 |