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西行 (新潮文庫) |
| - 新潮社 価格 ¥ 500 | |
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西行 (新潮文庫)新潮社 価格(new/used): 500 円 / 112 円 より 発売日: (1996-05) アマゾン売上ランキング: 14553 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 6件 西行の面影を辿って。平安時代末期から鎌倉時代初期と時代の転換期である乱世に生きた西行の足跡を白洲正子氏の視点で調査され、西行の人となりが上手く描かれています。 西行の無類の桜好きとそれに纏わる人物との関係にはとても興味深く読ませていただきました。 ここでの西行は出家したある種の世捨て人的宗教者ではなく、待賢門院障子と言う高貴で奔放な一人の女性を崇拝し、一途に思いを寄せた「純愛の人・西行」であり、 はたまた家族を振り切って出家する様なアウトロー人生と同時に、女性にモテる粋好みの数奇者で、宗教の垣根を超えて信仰する何事にも縛られない自由人でもあったので、 大峰山の修験道に参加した際は山伏達にこっぴどく絞られているあたりを読むと、西行の人間味がよく分かって身近に感じられました。 その他にも芭蕉より500年ほど昔に全国行脚的な旅行をし、数奇者として歌に興じ、自然の美しさに心ひかれ、さまざまな場所で遊女や行脚先の女性達と浮名を流した生き方は、今から考えても「ちょい悪オヤジ」だったのではないかと思う。 かなり恵まれた形のドンファンだとか寅さんの様な人のように思えます。 西行にとっての桜とは、永遠の女性である待賢門院障子であり、その面影を追いながらの粋な数奇者としての生活はある種の男のロマンでもあると思う。 ただ、この本の後半の白川法皇と待賢門院障子との間に不義の子として生をうけた崇徳天皇の生涯だけは本当にお気の毒です。 一つの歌が作られる背景には様々な歌詠み人の心境や、時代の背景が反映される様はいつの世も変わらないのだと思います。 西行を読み解く1988年に出た単行本の文庫化。 『芸術新潮』に連載されたもの。 西行について、いろんな角度から切り込み、著者独自の見解を示してくれる。歌の解釈はどう、桜との関係は、世俗への執着はといった感じで自由に語られており、面白い。そのバッサリした物言いに、白洲正子ファンは狂喜するであろう。 ただ、どの本もそうなのだが、白洲さん独特のフィルターがかかっているのである。本書で見えるのも、白洲正子の目を通した「西行」なのであって、それはかならずしも真実の姿ではないように思う。 白洲正子のことは良く分かるが、西行について知りたい人には不向きな一冊と思う。 西行の人となりが、生き生きと立ち上がってくる平安時代の末に生きた西行(1118-1190)の人となりが、桜を詠んだ歌をはじめ、西行の歌を澄み切った眼差しと心で味わう著者の眼力によって、生き生きと立ち上がってくる一冊。 思い込んだらひた向きな、ほとんど命懸けとも言いたい憧れと熱情、憑かれた心をもって、桜の花の素晴らしさを歌に詠み続けた西行。謎めいているところにもまた関心を誘われる彼の生き方、その人物像に共感し、彼の歌から目をそらさずに活写していく著者の文章。心にしみてくる、味わい深い興趣。実に魅力的でしたね。 章のタイトルを書き抜いておきましょう。「空になる心」からはじまり、「重代の勇士」「あこぎの浦」「法金剛院にて」「嵯峨のあたり」「花の寺」「吉野山へ」「大峯修行」「熊野詣」「鴫立沢」「みちのくの旅」「江口の里」「町石道を往く」「高野往来」「讃岐の院」「讃岐の旅」「讃岐の庵室」「二見の浦にて」「富士の煙」を経て、終章の「虚空の如くなる心」へと至る、西行を訪ねる伝記・紀行文。西行の桜の名歌、絶唱の数々と相俟って、西行その人の生き生きとした人間味に触れ得た思いがしました。 本書に紹介されていた西行の歌のなかでは、格別、次の三つの歌に心惹かれました。 春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり 津の国の難波の春は夢なれや 蘆の枯葉に風渡るなり 風になびく富士の煙(けぶり)の空に消えて ゆくへも知らぬわが思ひかな interview with saigyou白州正子が西行の足跡をたどって書いた西行論。 西行を「数奇者」としての視線から描いていて、出家人、宗教者としてはとらえていません。そもそもはじめから白州氏は「数奇者」でなければ、興味はわかず、本書の存在自体がなかったかもしれません。 かといって、「歌論」ばかりではなく、西行に歌をよませた当時の政治背景などにも、言及しておられ、総合的にすばらしく完成度のたかい西行論になっています。 また、白州氏自身の歌を感じ取る感受性と、幅広くかつ深い理解が伺え、白州氏の「数奇者」の程度も相当のものだとおもいました。 すごく勉強になりました。西行自身はもちろんのこと、和歌に興味がある方、平安時代から鎌倉にかけての歴史に興味がある方、読んでみてください。 とても読み応えがあり、白州氏に感謝したいぐらい勉強になります。 「一句ひねりたくなる」気分になってしまいました。 和歌のこころうーん、西行がこれほどの桜狂いとは、、。桜を愛し愛し抜いた西行。日本人の桜好きは西行の影響だといわれても納得。西行にとって和歌を詠むことは、お経をあげると同じであるという。なるほど、、。 仮の姿、現世(うつしよ)、平安時代の日本人は、諸行無常の理をよく知っていた。本当は空なる森羅万象が、いま目の前に芸術的にあるという事実。仏教ではこれを「真空妙有」という。 西行の和歌に込められた「空になる心」「虚空の如くなる心」は、この「真空妙有」の悟りであったことが、白洲正子氏の筆を通して浮かび上がっていた。とにかく理屈ぬきで、この本を読んでわたしは日本が大好きになった。日本は素晴らしい国だ、、歴史と伝統と現代が重層的に存在する幽玄の国なのだ、、、。 |