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智恵子抄 (新潮文庫) |
| - 新潮社 価格 ¥ 420 | |
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智恵子抄 (新潮文庫)新潮社 価格(new/used): 420 円 / 1 円 より 発売日: (2000) アマゾン売上ランキング: 83530 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 20件 互いにかけがえのない存在だったのでしょうね「レモン甘いか酸っぱいか」と軽い調子で言って笑い合っていた高校時代には、『智恵子抄』の奥深さなんて まだまだわかりませんでした。 学校では教材としてしか習いませんし、夫婦の重みや愛しさを理解するには、それなりの歳月と経験が必要 だったと思います。 光太郎も智恵子も、互いに相手のことを愛し切ったのでしょう。 ただ、それを表現し切るだけの言葉を、光太郎が持っていたかどうかは不明です。 言葉が思いの丈すべてを表現でき得るものとは言い切れませんから、光太郎も詩を生み出すにあたっての 並々ならぬ苦労があったかと思います。 そうやって後世に残された『智恵子抄』…男女の深い情の通い合いを感じます。 愛のかたみ自分が青臭い学生だった頃はこの本に酷く反発したものだ。 結局は死んでいった妻をネタにして詩集を出すなんてwと。 しかしそれから20年過ぎてこの詩集を読んでみると涙が出てくるのだ。 なぜだろう…。 たぶん、光太郎は誰かに智恵子を憶えていて欲しかったのだ。 子供もなく光太郎のみに生きていた智恵子には友人もいない―光太郎の為に 自ら切り捨てた―その智恵子が自分を愛した事実は自分しか憶えていない記憶だ。 誰かに、智恵子を憶えていて欲しかったから、光太郎はこの詩集を残したのだと思う。 今、高村智恵子の哀憐の人生の中でしか高村光太郎の人生は世間では語られない。 それもまた光太郎の願いだったと思える。 生きている智恵子という個人への愛、智恵子という要素への愛高村光太郎の智恵子への思いがつらつらと書かれた、妙に長いラヴレターである。 凡人には耳を疑いたくなるような、穢れのない愛の言の葉の連続である。 光太郎は智恵子の生前は智恵子その人を愛していたが、 死後はどうも自分と世界とを結ぶ介在者を智恵子とみなすようになったらしい。 智恵子は光太郎の中で、人間と世界をつなぐ普遍的な要素になったらしい。 老いた光太郎は、智恵子という空気を通して世界を見、世界に触れるようになったらしい。 過去の思い出の美化もここに極まれり、と言った感じだが、小生もそんな人と巡り合いたいもの・・・。 真に精神的な愛亡くなられた愛妻智恵子さんに光太郎氏が捧げた真なる愛の詩の数々。 精神分裂病で入院する智恵子さんに、「智恵子が亡くなれば私は生きていけない」とまで漏らしていた光太郎氏ですが、実際に智恵子さんが亡くなられた後は、しばらく創作意欲が無くなったものの、そこから「智恵子はその個的存在を失う事によって却て私にとっては普遍的存在となったのである」あるいは「あなたはまだいる其処にいる あなたは万物となって私に満ちる」として、肉体無くとも真にスピリチュアルな智恵子さんの愛を感じて立ち直り書かれた詩(『元素智恵子』など)が、特に素晴らしいです。 一人の異性に対して、これだけ真摯な愛を持続的に注ぎ込めるのは素晴らしいことだと思いました。 半分は自嘲で書きますが、私にもそのような女性が現れてほしいです。とても純粋で、藝術を愛好し、だからこそ病んでいる、そう、智恵子さんのような女性が……。 カバーをつけたままちょっと高いところにおいてあります。少しずつ崩れていく智恵子に宛てた高村光太郎の飾ること無く綴られた詩は 私の考えていた恋とか愛とかとまったく違って ものすごく美しく儚く思えた。 智恵子の魅力を惜しみなく披露し愛したとても素晴らしい詩集だと思います。 |