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塩狩峠 (新潮文庫) |
| - 新潮社 価格 ¥ 660 | |
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塩狩峠 (新潮文庫)新潮社 価格(new/used): 660 円 / 1 円 より 発売日: (1973-05) アマゾン売上ランキング: 3229 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 91件 涙しました高校時代に涙ぼろぼろで読んだ作品です。 ふと思い返して、再び読んでみました。 あのころとはまったく違ってしまった自分ですが、 同じようにこの本に感動できたことが 嬉しかったです。 思い出の作品この本は、僕が主体的に『聖書』を読もうと決心した本です。イエスの教えは、どれをとっても、その実行が難しい。物語の途中で主人公はそれを身をもって、経験します。でも最後には、おそらくは一番難しいであろう、イエスの教えを実行します。「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにてあるべし。地に落ちて死なば、多くの実を結ぶべし」という教えです。彼は自分の命を犠牲にして、汽車の乗客たちの命を救いました。自分の命とひきかえに、万民の罪をあがなった、キリストのように。この本と出会っていなければ、僕は主体的に『聖書』を読むことはしなかったでしょう。『聖書』と取り組まなければ、僕の好きな太宰治の作品の魅力は半減していたことでしょう。たとえば、太宰が繰り返し語った話に、難破した水夫の話があります。この話もまた、「一粒の麦……」というイエスの教えを踏まえたものではないか、と僕は考えています。この話は、難破した水夫が、自分の命とひきかえに、燈台守一家の幸福なひと時を守る、というものだからです。 異邦人レビューは賛否両陣に分かれているけど、私は否の立場。 すいすい読める文体の密度や登場人物たちの気高さ、クライマックスでの悲劇にはそれぞれ 感じるところはあるけれども、キリスト教というものはやはり異他的なものであるなという感を、かえって強くした。 よそからやってきた、イエス様が人類全体の罪を背負ってくれたという「お話」を、なぜ信じるなどということができるだろう? 隣人愛だけは、私は普遍化可能なものとして評価するけれども、隣人愛を実行するために教徒になる必要はない。 何よりも不気味なのは、主人公の周りが(偶然の導きによるとはいえ)次々とキリスト教信者によって囲まれて行くところ。 これは現代の新興宗教のやり口と変わらないではないか? また、主人公の性欲との葛藤も、性的誘いのもっと強い現代を生きるわれわれからしてみると あまりにあっさりとし過ぎていてリアリティを感じ取ることができない。 トルストイの『神父セルゲイ』だってもっと強烈な欲望と戦っていたではないか? そして、なぜ神仏を措いてキリスト教だけが称揚されなければならないのか? 『塩狩峠』に嫌悪感や疑問を感じずにあっさり賛同してしまう人を、私は信頼できない。 何度も読みたくなる本普段は、1回読むと全く読まなくなるのですが、これは別です。 恋しくなって何度も読んでしまう1冊。 毎回、この本を読むと自分の信仰の薄さに気付かされます。 同時に主人公の信夫のような、信仰を持ちたいと改めて感じます。 神様のことを知らない人にも是非読んで欲しい本です。 涙確か初めて読んだのは高校生のときだったと思います。とにかく生まれて初めて本を読んで涙が止まらない作品でした。 宗教観は自分は疎いため、キリスト教や仏教など自分の身の回りにある宗教からバラモン教のようなまったく教えの内容について無知なものまで、すべて含めて自分にはきっとピタっとはこないと思います。ただ、信仰を持つことへの想いを初めとし、何かを信じて生きることや誰かのために生きること、そういった姿勢はときに人の心を動かすことや何かを変えるきっかけをつくるということを学びました。宗教というもの自体に共感できない自分ですらそこは胸に突き刺ささり、少なからずとも高校生だった当時の自分に『今の自分』への影響を与えたと思います。 ぜひとも一人でも多くの感受性豊かな10代の人にこの本を読んで欲しいです。 |