カンガルー・ノート (新潮文庫)

- 新潮社 価格 ¥ 420
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カンガルー・ノート (新潮文庫)


新潮社

価格(new/used): 420 円 / 1 円 より
発売日: (1995-01) アマゾン売上ランキング: 26783 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 10件

死のにおい
「足にかいわれ大根がはえて、ベッドにくくりつけられて黄泉の国をさまよい歩く物語」。

あらすじをものすごく大雑把に述べれば、こんな感じになる。
なんとも荒唐無稽だが、実際に読めば感じるのは、常軌を逸したエキセントリックではない。
むしろ見ないふりをしている不安の種が育つような、不気味さがじわりと迫る。

遺作というだけあって、あちこちに死のにおいが撒き散らされている。
病気、病院、看護婦、ベッド、賽の河原…
この視野のせまさが、まるでベッドから起きられない病人が、夢うつつの妄想の中で生み出した物語という印象を受ける。

だんだん、背中にベッドの気配を感じ、「ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため」という賽の河原の積み歌が聞こえてくるような気がする。
安部公房氏、最後の長編
ある日突然貝割れ大根が脛に生えた男。
訪れた病院で自走式ベッドに載せられ、生と死、夢と現実の境を彷徨う旅。

行き着くところは?

いつもながら超現実的。 荒唐無稽な場面が脈絡も無く次々と出てくるのにリアル感があり、主人公に感情移入してしまう。

安部さんにしてはノリが軽い感じがしました。

本当に惜しい作家を無くしたと思います。
ノートは閉じるか?
 巻末に付されたドナルド・キーンの解説にならない解説は、「文字通りの前衛文学」ということばで締めくくられる。難解な作品だ。

 カンガルーノートとは新商品のアイデアを求められた主人公がでたらめに提案したものである。ノートにポケットがついている。その頃から、主人公の脛にカイワレ大根が生え、その治療のためにさまざまなところを夢とも現とも知れずに巡りまわる。

 小説の最後の最後に突如現れる、主人公の死を伝える新聞記事は安部文学における、小説世界から現実へと急激に私たちを引き戻すスイッチだ。このスイッチが有効に働くためには、読者の主人公に対する感情移入が極限にまで進み、作品世界にある種の共感を持てるようにならなければならない。この作品は読者の感情移入を基本的に拒絶している。だが、終わりの部分に来て、読者に感情移入を強いる。

 例えば「オタスケオタスケオタスケヨ」の歌であり、「人さらい」の歌である。不安という形で、私たちの心をざわつかせる。そして、新聞記事に導く直前に、文章は簡潔に恐怖を突きつける。

 「箱はただのダンボールではなかった。硬化プラスチックなみの粘りと堅さ。正面にのぞき穴があった。郵便受けほどの切り穴。除いてみた。僕の後姿が見えた。その僕ものぞき穴から向こうを覗いている。ひどく脅えているようだ。僕も負けずに脅えていた。恐かった」

 恐らくは、覗き穴のあるダンボールとは、カンガルーノートのポケットの中に入ったカンガルーノートのポケットの中にカンガルーノートのポケットの中に……という循環を引き起こす無限の入れ子構造を象徴している。ここに至って、この作品の語り自体が、作品自体に織り込まれることになる。カンガルーノートは、向こうの僕の物語として、あるいはこちらの僕の物語として、無限に折りたたまれ開かれる。

 結局、カンガルーノートは閉じられることは無い。
不安。
この小説は怖い。
所謂ホラーではなく、幻想小説に近いジャンルの小説であり、明確な形を持った恐怖は描かれない。一つの奇病を患った男の淡々とした記録だ。
だが読み進める内に怖くなる。乾いた文章と個人の心理描写の裏から、死に代表される喪失に似た、深夜一人でいる時に不意に感じる様な、孤独に満ちた恐怖が這い上がって来る。リアルな病気・病院の描写は作家の経験を活かしているのだろう。
最後まで形の無い死は主人公に付きまとう。これが彼の生前最後の小説だというのは偶然ではない。死の恐怖が傑作を生み出したのだろう。安部公房という天才は、最後に孤独と死を自ら篭絡し、恐ろしく危険な小説へと昇華させた。
この作家が常に描いてきた、実体の無い不安とでもいうべきものが、遂に最後の著作である本作に凝縮されていると思う。間違いなく、傑作だ。
一番読み返した本かも
本作の著者である安部公房は確か、幼少時代は海外で生活していたと思うが、そんな境遇なども相まって安部公房は無国籍な文章を書くと言われており、
確かにそう言われてみれば、その文章からは西洋文化のユーモラスでアイロニカルな一面が伺えるように思われるし
彼の書く小説は大概幻想的でシュールレアリスティックなものだが、日本の幻想小説にありがちな暗い土着的な和製の情念のようなものは伺えず、
どんな暗い話を書いてもどこかしら西洋的なフランクなあっけらかんとした部分があると思う。
本作は彼の遺作であり、死をテーマに扱った前衛小説だが、健康状態を崩し死期を悟っていたであろう彼が今作において
「死」をやはり従来の作風通りあくまでも戯曲的にユーモラスに表現している一方その裏に、迫り来る死に対する恐れ、諦念のようなものが強く感じられる。
彼はルイス・キャロルに影響を受けていたというが、本作は作家の安部公房自身が、少女アリスとして死の深淵を下っていく私小説であると僕は思う。
シュールレアリズムが好きな人はもちろんジブリファンとかにも是非おすすめしたいです。