井上成美 (新潮文庫)

- 新潮社 価格 ¥ 820
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井上成美 (新潮文庫)


新潮社

価格(new/used): 820 円 / 290 円 より
発売日: (1992-07) アマゾン売上ランキング: 95734 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 15件

確かに人間の一つの理想像。しかし実際、私には届かない境地。
井上成美とは、当時と比べて科学や技術の格段に進んだ現代の人間と比較しても、非常に論理的で明晰な頭脳をしていたらしい。本書に頻繁に出てくる、ギクッとするまさに本質のみを突いた言葉の数々に、とても自分は敵わないと知らしめられる。本書のみならず、伝記刊行会編の本も読めばさらにわかる。
彼が生前海軍在職中に残した、訓示や戦略研究の数々、それには厳密な数学を用いた物も含まれる、文書はまさに論理的文章の手本にも成りうる。
彼の言う、英書の中でも推理小説が論理的思考を鍛えるのに資するのは私も体験上納得出来る。推理小説は、どこに推理のキーポイントがあるか、全くビジュアル抜きの文章の中を見逃さず探すしかないからだ。
私はこの本をもう20回は読んだが、何度読んでも新たに気付くことがある。それは自分の読解力の拙さもさる事ながら、彼の言葉は本質を捉えている故に、人生の様々な事に応用して読む事が出来るからだと思っている。
戦後60年を過ぎて
太平洋戦争についての本は多々出版されていますが、その中で、戦前も戦中も面と向かって戦争に反対しつづけた軍人はいたのだろうか、と思って探し出した本でした。
「どうしてあの戦争は起きたのか」「あの戦争の最中何が起きたのか」の本は、沢山出版されています。しかし、「あの戦争を止めるには人はどういう視点に立つべきだったのか」についての本というのは、少ないのではないでしょうか。
そしてそれは当時の世界と日本の状況を熟知し、太平洋戦争に理論的に強固に反対し続けながら軍に所属し、戦後も生きた井上成美の生涯を軸にすると、見えてくる気がするのです。
恐るべき視線を描く恐るべき筆
井上提督が世に埋もれ、その肉体は消滅し、世上記憶も風化しつつある今もなお、提督の透徹した視線を感じる。提督が見た日本社会の構造も歪みも、民情風俗の在り方も、未だ改善され、超克されてはおらぬばかりか、宿痾となって益々害毒をふりまきつつある。我々は未来を信じた提督に慚じねばならない。我々は提督に見られている。

透明な文体で提督を描く阿川の閑かな筆先には烈々たるものが宿っている。筆を鑿(のみ)に虚空を穿ち、そこに充満する提督の視線を抉り出す。阿川の全存在を賭けて恐るべき英傑の視線を体する。烈々たるものの宿らぬはずがない。伝記を越えた巨編をものし得たのも、その為であろう。

近代日本がそこにある。現代日本がそこにある。分析され、綜合された形でそこにある。『井上成美(いのうえせいび)』を推す次第である。
太平洋戦争における日本海軍の良心
 単行本で買いました。レビュー先がないので、こちらへ。

 太平洋戦争〜日米開戦〜に反対し続けた米内〜山本〜井上の三人の海軍軍人の物語の最終章。
 アメリカとは戦ってはならないといったこの三人は、数奇な運命を送る。米内は政治家として政府に残り、東京裁判の被告とされ、裁判中病死する。山本は、「戦死」する。そして井上は、やる気のないような作戦指揮を批判され、「後方」で終戦を迎え、一切を語らずに世を去っていく。
 この三人の微妙な考えの違いを描きながら、阿川氏は、「なぜ、馬鹿な戦争をしたのか」・・・それをとどめようとした人間をなぜ正当に評価しないのか?問いかける。
 井上成美。教科書にも普通の歴史書にもでてこないが、この人物の偉大さは、この本一冊で充分であろう。
キリストの生涯と相通ず
小生、訪問販売(飛び込み営業)時代の出来事です。

伺った家のご主人はたいへん寡黙な方でした。壁に掛かっていた飾り物から、その方が海軍の元ラッパ手であることに気付き、当時、丁度読んでいた『井上成美』についての感動を素直にお伝えしたところ、当方を信頼に値する者と見做してくださったのでしょうか、数十万円した商品を、驚くほど簡単に予約してくださいました。詳しくお話しをお聞きすることはできませんでしたが、その方を通して、同時代を生きた人々の井上成美に対する深い畏敬の思いを間接的に知ることのできる経験でした。

論理的であることや自己主張する個人を煙たがる風のある日本の社会(『世間』)において、高い見識を保ち、10年先20年先を見据え、疎まれ、誤解され、場合によっては社会(『世間』)から排除されるのも覚悟の上で、左顧右眄することなく生涯を送るなどというのはたいへん難しいところがあると思いますが、まさに井上成美はそのように生きました。退き際も立派です。

小生は、井上成美の生涯とイエス・キリストのそれとを、いつの間にか重ね合わせて読んでいましたが、「終章」井上成美の死後、残された蔵書について触れたくだりで、「井上の枕頭の書だったろうと思われるものに聖書と賛美歌があった。」「何故バイブル全巻をこれほど丹念に繰返し読んでいたのか、不思議であった。」という記述に膝を打つ思いをいたしました。小生思うに井上の生き方はキリストのそれと相通じます。井上が聖書に共感を覚えるのは無理なかろうと思いました。

当該書籍は、気骨ある明治男を扱った小生の愛読する伝記の一つです。