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奔馬 (新潮文庫―豊饒の海) |
| - 新潮社 価格 ¥ 740 | |
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奔馬 (新潮文庫―豊饒の海)新潮社 価格(new/used): 740 円 / 2 円 より 発売日: (1977-08) アマゾン売上ランキング: 17768 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 25件 自らをとりまく世界ががらがらと音を立てて瓦解していく中で、純粋な青年は志を遂げることができるのか周到な計算と観念の積み上げによって、忠君愛国の志に満ちた純粋な青年は自らを「美しく完成させ・完結させる」ことを目指す。しかし、周囲の打算・計算・臆病といった汚濁が青年に次々と襲いかかり、青年が理想に向かって積み上げたものの土台が次々に崩れていく。自らの存在の根拠、自らの行為の意味が全て否定されたかに見える中で、青年は自らの願望を成し遂げることができるか・・といった小説。同シリーズ前作の「春の雪」の主人公とは全く方向性が異なるが、「何者をも犠牲にしても良い美」を描いているという点では同じである。小説の最後に向けて、奔馬が疾走するかのように、物語が一気呵成に展開し、光の中で物語は終わる。読後になんとも言えない感動の余韻を残す小説。 夢よ飛び散れ花となれ…ザ・イエローモンキー初期の「迷」曲「悲しきasian boy」は、三島由紀夫をモチーフにしているという。三島にツッコミをちゃんと入れつつ、この小説から迸るものたちをうまいこと要約している。 それはともかく。 本多が裁判所の建物にのぼって世界を見下ろす場面、剣道の胴着に映る空、勲の踵、槙子さんとの裁判でのやりとり…。三島の技巧と情熱(政治思想的なものではない。小説を書くことに対する、だ)の乱舞。神前の百合が、何度読んでもしつこいくらい匂う。文字によって鼻先に漂わせ、且つ、眼底に焼印まで押されるがごとき読書体験だ。 忠義のために死ぬこと、そして輪廻転生・・豊饒の海・第二部「奔馬」では、第一部の主人公・松枝清顕の生れ変りである、 飯沼勲が主人公で、松枝家の元書生・飯沼茂之の息子という設定。 第一部で、輪廻転生について議論する場面があったが、 その時本多は輪廻について否定的な立場をとっていたにもかかわらず、 飯沼勲と出会う場面で彼が清顕の生れ変りであると直感する。 そして、幾つかの証拠によってその確信を深めていく。 三島氏自身が輪廻転生というものをどこまで信じていたのか知らないが、 物語の中でそれをほぼ確実なものとして描いた事については意見が分かれる所だと思う。 勲は純粋な忠義のために死ぬ事を理想としており、彼の原理主義的な皇国思想には共感しづらいものがあるが、 その後の「三島事件」との関連を考えると非常に興味深いものがある。 最終的に勲の念願した死は叶えられるが、輪廻転生によって「死」というものの重みが損なわれてしまわないだろうか、 と私は感じたのだが、果たしてどうだろうか? 知行合一と中曽根防衛庁長官「知行合一」この言葉のもとに人生を賭した少年のはなし。 作者が自決した当日の号外で中曽根防衛庁長官(当時)が「小説(奔馬)の主人公のようだ。しかしとんでもないことをしてくれた。」とコメントしていた。当時国連にもアメリカにもいい子ちゃんを演じていた日本の政治家にあの事件は全く迷惑だったのだ。その後の総理となった先生の方向転換は皆さんご存じの通りで移ろいやすい彼らのことばと作家の精神の堅固さのちがいがはっきり示されてしまいました。この巻のテーマは知行合一です。これに身をもって示すのは作家だったようです。 永遠回帰。日輪と交合する海。豊饒の海四部作で、最も美しい作品は「春の雪」、最もパワフルな作品がこの「奔馬」だと思う。三島は弟子?への手紙のなかでこの作品を「ワクワクしながら」書いていると述べている。 主人公と三島の行動と思想は似ている。が、内面にあるもは正反対だと思う。三島は高度な西欧近代的教養を持つ「からごころ」の人、主人公は純然たる「やまとごころ」の人だと思う。こういう人間でありたかったのだろう。 海に臨む岬の上で切腹する瞬間「日輪は........」の見事な文章も、ランボーの詩「永遠」の「もう一度見つけたぞ。何を?永遠を。それは太陽と溶け合った海」にインスパイアされたものだろう。そして「日輪」は、もちろん「すめらぎ」の意だろう。 |