宴のあと (新潮文庫)

- 新潮社 価格 ¥ 420
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宴のあと (新潮文庫)


新潮社

価格(new/used): 420 円 / 1 円 より
発売日: (1969-07) アマゾン売上ランキング: 37299 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 11件

ハッとさせられる人物描写
 ……かづは人から色事の相談をもちかけられると、てきぱきと巧い指示を与えた。人間心理は数十の抽斗(ひきだし)にきちんと分類され、どんな難問でもいくつかの情念の組み合わせだけで答えが出た。……

 ……肥り肉(ふとりじし)の美しさには平俗な暖か味があり、衰弱したところは少しもなくて、どんな宝石や衣裳に飾られても、故里のあとにあらわれる黒い土の香りがあった。……

 他のReviewer氏も指摘するが、人物造型の巧みさが本作のポイント。特に主人公福沢かづの描写は、上記のように随所でハッとさせられる。世故にたけた快活なパーソナリティー、艱難辛苦のたたき上げ人生を浮き彫りにし、三島作品に登場する女性の中でもひときわ精彩を放っていよう。

 そして、物語のハイライトとなる都知事選の描き方も秀逸。「地盤・看板・カバン」といわれる、生臭い選挙戦の舞台裏を鋭くあぶりだし、「情」に傾いた政治的お祭り騒ぎに浴びせる皮肉と冷笑は痛烈だ。

 また、本作では三島の分身なるものが顔を出さず、諸作品に通底する観念色が減殺されていることも特徴のひとつだろう。このため彼の小説としては意外なほど読みやすく、彫琢された日本語、珠玉の文章が心に染み入るばかりだ。

 金と情念とエゴの絡んだ選挙戦を境に破局へ向かう熟年ロマンス……地味な作品ではあるが、以上のような理由から再読に再読を重ねてしまう。蛇足ながら、三島の母・倭文重(しずえ)さんは、「愛の渇き」「午後の曳航」とともに、この作品が好きだったという。
人の心をつかむ、なんて 空虚なことか
三島を語る時よりも、法学のプライバシー問題で判例として取り上げられる
「宴のあと」ですが、三島作品の中で屈指の出来ではないかと思います。

三島を「流麗可憐な文を書く、日本有数の文豪」であることにもちろん異論はないのですが、
「流行作家 三島由紀夫」としての面が とても好きなのです、私は。

この作品はエンターティメントとしても、日本人論を語る切り口としても一流です。
「人の心をつかむ」 という 空虚で困難なことにとらわれた人々。それは 三島の姿なのかもしれません。
ノンフィクション色が非常に強い故に、「日本人としての業」を読了後に非常に感じます。
熟年のロマンとロマンスの果てを描いた秀逸な小説
時流に乗れないが気骨は失っていない元大臣とその男を全て投げ打って支えた時流に生きてきた超一流女将のロマンスとそれぞれの凋落と再生を描いた、プライバシー裁判にもなった物語です。(昭和35年刊行)

貧乏から成り上がった女将は50歳、英国大使経験の元大臣は貴顕だが今の時代にあっては融通の利かない60代、互いが互いに無いものに魅かれるところから物語は始まり、やがて都知事選へと雪崩れ込みますが、とてもドラマチックな展開で一気に最後まで読ませます。

熟年の二人が全く違う価値観の元、最終的には都知事選に全力で挑戦し、そして、互いがその後の道を選ぶのですが、この女将が結局、元大臣である愛する夫の前では全てをさらけ出せない性分だったのが印象に残り、「若い結婚でも熟年の再婚でも、結局全てを相手に曝け出せないなら結婚なんて上手くいかないよ、そんな人は仕事に打ち込むしかないんだよ」という三島の裏のメッセージ」聞いた気がします。

日本の政治とそれに係わる日本国民の民族性の本質も絶妙に捉えており、読みやすくかつ読み応えのあるロマン(政治・仕事)とロマンスとその果てを描いた秀作です。
人間の低俗さ
人間の低俗さというか、

政治家の低俗さというか。

とにかく、人物描写がすばらしいです。

中学時代、太宰治に嵌っていた私は、

高校になり、三島由紀夫の小説に出会い、太宰治が大嫌いになりました。

今、両方読み返してみると・・・

太宰治と三島由紀夫、ある意味で同属嫌悪だったのかなぁと。
『金閣寺』や『仮面の告白』よりこの作品を読んで欲しい
−−それからあとは昔のオペラの話になった。一人がガリ・クルチの「ルチア」狂乱の場のすばらしさを力説する。別の一人が、ガリ・クルチはもう峠を越えたので、自分の聴いたダル・モンテの「ルチア」のほうがずっとよかったと主張する。とうとう寡黙な野口が口を切ってこう言った。「もう過去の話はよしにしようよ。われわれはまだ若いんだから」野口はにこやかに言ったのだが、その語気には、何だか迸(ほとばし)る力があったので、一座はしんとした。この一言でかずはすっかり心をうたれた。こんな場合には女主人が何か莫迦(ばか)なことを言って、沈黙を救うのが本当だが、野口の一言があんまり的を射ており、あんまり彼女の言いたいことを見事に代弁していたので、自分の立場を忘れてしまったほどだった。−−(本書17〜18ページより)
 私が初めてこの小説(『宴のあと』)を読んだのは、十代の時の事である。その時、印象に残ったのが、上の一節である。最近、50歳に近く成ってこの箇所を読み返してみたが、矢張り、凄い箇所である。−−政治とは、結局、個人の人生の一部なのである。
 戦後、アメリカの属領と成った日本に、真の意味における政治が在ったかどうかは疑問である。しかし、その戦後日本において、「政治」と呼ばれた物に人生を掛けた人間達を、女の目から描いたこの作品は、私に言はせて貰えれば、三島由紀夫の作品の中で、『金閣寺』や『仮面の告白』など遥かに重要な位置を占める傑作である。
 三島由紀夫の女への冷徹な視線が、この作品では、特に生きて居る。「戦後」と呼ばれる時代が何であったかを考える為に、若い日本人に、特に若い女性に、是非、読んで欲しい傑作である。