走れメロス (新潮文庫)

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走れメロス (新潮文庫)


新潮社

価格(new/used): 420 円 / 1 円 より
発売日: (1967-07) アマゾン売上ランキング: 43295 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 17件

「走れメロス」小論
 「走れメロス」の根底にあるものに、最近、私は気がついた。
 「如是我聞」の一節を読むと、下の者が上の者を敬うことは教えられても、上の者が下の者を敬うことは教えられない、そんな言葉にぶつかる。そんなことから、太宰治という人は、縦の関係(上下関係)をぶち壊して、横の関係――お互いがお互いを信じ合い、つながり合う関係を築こうとした作家だったのではないか。と最近、私は考えるようになった。
 マルクス主義への接近も、キリスト教への接近も、根っこは同じだったのではないか。そんなことを考えたのは、マルクス主義の前提には、俗化されたキリスト教における終末思想がある、と私は聞いたからだ。
 そもそも、メロスは、何をなしたのか。彼は、セリヌンティウスとの間にある友情を、王に見せつけた。王はそれに感じ、変わった。王は言った。私も仲間に入れてくれまいか、と。本来ならば、王は支配者で、セリヌンティウスは被支配者、メロスにいたっては単なるよそ者でしかなかったはずだ。そのよそ者の彼が、支配―被支配、という縦の関係をぶち壊し、友情によって、王を二人の仲間に引き入れてしまった。ここに太宰の理想世界が、象徴的に描かれているのではないか。太宰は、縦の関係をぶち壊して、みんなが真に平等に生きられる世界を志向していたのではないか。老若男女、貧しい者・富める者、明るい人・暗い人、誰も彼もが、お互いがお互いを信じ合う、そんな世界を。
メロスって笑える
メロスって単純で理想的でほほえましい。
簡潔でストレートで単純な人。
最後の落ちもやたらめったら友情とかが哲学的にされていなくて
ほほえましい。
ぜひ、『ダス・ゲマイネ』を。
表題作の『走れメロス』は、教科書などに載っているため既読者の方が殆どだろう。
この作品は何度読んでも素晴らしい傑作である筈なので、一読はしたという方にも再読を勧めたい。
さて、併録されている『ダス・ゲマイネ』について少し書きたいと思う。
自己喪失に囚われながらも、不器用にもがき続ける芸術青年たちの話である。
この中に登場する人物たちは、酷く現代的だ。
(太宰作品の殆どが、時間を越えて現代の人間さえも共感させる作品揃いではあるが)
就職活動をこれからに控え、夢と不安で綯い交ぜになっている学生の方に酷く勧めたい作品である。
悲劇的な結末だが、だからこそ勇気を与えられる。
人生を生き抜く覚悟(或いは諦観かもしれない)を、後押しをしてくれる作品なのだ。
いろいろ読んでみたくなった
「太宰作品=自殺・暗い」という先入観があって中学の教科書に載っていた走れメロス以降全く読まずにきましたが、あらためて、走れメロスや、その他の作品を読むと、単に奇麗とか、暗いとかだけじゃなくていろんな作風を求めているような実験的で挑戦的な作品が多いように思いました。
小作品の中にも、間口を広げようというか、出口を求めているようなそんな感じがにじんでいて、このほかの作品もぜひ読んでみたいな、とあらためて思いました。
「走れメロス」
 元気になれる小説だ。普段忘れている友情の大切さを思い起こさせてくれる。周囲にメロスみたいな人がいれば、絶対友達になりたいと思うだろう。

 自分の問題として考えると、これまでメロスのように友達を大切にしてきたというと残念ながらそうではない。メロスの水準までは及ばなくても、佳い人生を送るためには友達を大切にしたいと思った。