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動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評 (集英社新書)集英社 価格(new/used): 693 円 / 207 円 より 発売日: (2003-04) アマゾン売上ランキング: 85909 位 新書 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 3.0 / 総数: 8件 崩壊する面白さ音楽で言うと、クラシックとジャズ・ファンの間には、ある亀裂がある(両方の愛好家も少数ながら存在するだろうが)。たとえば、有名なバーンスタインvsグールド(あえてvsと書く)の有名なベートーヴェンの協奏曲を取り上げてみよう。クラシック・ファンは、調和していないコンチェルトの演奏は最悪だという。しかるに、ジャズ・ファンは、それぞれ勝手にやってても、それぞれがよければイイじゃない、という。評論や対談というジャンルは、本来クラシック音楽に近い性質のもののはずだから、「噛み合わない討論」(噛み合わない、という事実に関しては争いはなかろう)は低い評価しか与えられないのが論理的には正しいはずだ。そういう意味では、本書は極々例外的事象に属する。つまり、ジャズ的な耳でクラシックを聴く、という、クロスオーバー的な読みを必要とするからである。 討論が破綻する両者の根拠をよく読んでみよう。破綻は必然的に起こってきたことが了解されよう。ならば、その破綻の原因を笠井氏に求める評者が多いようだが、その読みは独善であることが理解されると思う。この討論はある意味あらかじめすれ違いに終わることが予定されていたようなものである。 では、この討論に意味はなかったのか? それは違う。すれ違いに至ったお互いの論拠をよく読むことは、本書に限って言えば、たいへん意味のあることだからである。 動物同士のやりとり二人とも好きな作家ですが、途中まで読んでやめようかと思いました。本として出版することに、意味があったのか疑問。読者を無視したやり取りに腹立たしさも感じました。いまの世界を読み取りたいのに、まったく個人攻撃の嵐。文通ということでなく、対談だったらもう少しまともな本が出来たと思います。 勘弁してください・・・とつぶやいたいままで東浩紀物は全て目を通してきました。(批評空間・広告等も) ・・・でも もうやめます。 これは 対談集ではありません。コミュニケーション崩壊の 公開記録です。出版社もそのつもりでイロニーとして出版したのでしょう。 東浩紀の他のフィールドとの対談は「不過視なものの世界」が原点です。 こちらをまず読まれる事をおすすめします。 「不可視~」の対談掲載の雑誌「広告(廃刊)」の前書きで東氏は なっています。東浩紀をはじめて読まれる方には おすすめできません。 東さんが気の毒皆さん噛み合わないとおっしゃっていますが、噛み合わせてないんだ、笠井先生が。日本国憲法の「戦争」とは国民戦争のことだって?初めて伺いました。笠井先生は9.11以降は国民戦争の埒外だから、憲法の規定は援用されないとでも言いたそうな口振りだ。それなら、時代遅れの憲法は即改正、国家主権を基礎とする国際法はもはや無効、とでもいえばいいんだ。「9.11以降は時代が変わった」という大層な御仁は反テロ戦争に反対、とは口が裂けても言わないことが良くわかった。 東さんと読者に対する出版社の責任はどうなるのだ。 東さん、これに懲りずにもっとまともな相手(年長者を含む)と論争してください。 すれ違ってく2人のeメールたとえば対テロ戦争をめぐる状況を指しての「消費社会が生み出す虚構と現実社会を動かす政治的決定が、ほとんど同じ質の想像力に基づき始めている」等々、東浩紀の提出する論点のそれぞれはとても興味深いものではあったけれど、いかんせん、笠井潔の関心事は東のそれとはどうしてもずれているだけに、話が一向に進展しない。 これは、どちらかが身勝手だとかそういう問題ではなく、単に、往復書簡というスタイルを選んだこと自体に限界があると感じた。どれだけ他人の関心を慮ったつもりでいても、手紙である以上、所詮一人相撲で、互いに考えれば考えるほど、話はどんどんすれ違ってく。『網状言論F改』のように、手紙の遣り取りを踏まえて対談でも最後にしてくれれば、少しは実のあるものになった!だろうにと残念に思う。 |