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新しい人よ眼ざめよ (講談社文庫) |
| - 講談社 価格 ¥ 560 | |
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新しい人よ眼ざめよ (講談社文庫)講談社 価格(new/used): 560 円 / 1 円 より 発売日: (1986-06) アマゾン売上ランキング: 203006 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 7件 買いです。ブレイクの詩を軸に障害を持った息子との共生、再生を描いた作品です。という説明をしてしまうと、氏のどの作品の説明をしているのか判然としないような気がしますが、初めて読んだのが「文学界」等に発表されて間もなく単行本にまとめられた時で、当時高校生だった僕は本書を手に、なにか自分が偉くなったような錯覚に浸った覚えがあります。氏の作品はこの数年後の「懐かしい年への手紙」以降急激に興味を失って読まなくなってしまうのですが、それを僕はこのあたりを境に喩えは適当かわかりませんが、氏の文体が急に物分りがよくなってつまらなくなってしまったことが原因だと思っているので、そういう意味ではデビュー以来、たえず深化を遂げていた氏の文体が最後のピークにあった時期の作品でもあるようにも思います。 日常を生きる勿論この作品は作家の私生活がある程度素材にはなっているだろうが、それを読む時に過剰に考慮に入れるのは、せっかくの読書を矮小化しはしないか。 この作品は、ある意味では大江とブレイクの共作であると言える。前者が書くのは家族との日常や登場人物の些細な行動、何気ない言葉であり、後者が書くのは幻視によって直感的に捉え得た宗教的・神話的世界だ。一見接点の無さそうな両者だが、大江はそれを作品の中で見事に結び付けている。それは、たとえ何の変哲もない日常生活であろうが、荘厳な超現実的世界であろうが、そこで「生きる」ことには何の違いもない、と大江が考えているからではないだろうか。ブレイクがシリアスな分だけ、イーヨーもシリアスであり、逆にイーヨーがファニーな分だけブレイクもファニーである。美しい傑作。 希望ご存知の通り、著者には障害を持った息子さんがいらっしゃいます。 そして、その息子さんとの関わりを題材に小説を書いておられます。 この本もそういう本です。 語り手の僕は、息子イーヨーと自らを一体のものとしてとらえてきた。 このような恐れの克服の過程は、一言では言い表せないが、最後にイーヨーは、父親から独立した一人の人間として、「新しい人」として現れてくる。 難しい小説で、正直なところ、よく分からない部分も多々あったけれど、それでも、読み終わった瞬間に希望が、光り輝くような希望が、胸に満ち溢れるようでした。 イーヨーの断片的な言葉が救いですイーヨーを中心とした父、母、妹、弟の関係の中で、いくつかの組み合わせのやり取りのある中で、兄妹弟の中でのやり取りが将来に希望のもてる興味深いものでした。妹弟は、両親がイーヨーにかかりっきりになっている感情を抱きながらも、各々の成長も表現されているところが安心しました。 障害をもつ人の自立は、障害をもたない人の自立以上に時間も忍耐もかかるわけですが、それを不器用に試行錯誤しながら奮闘している主人公に心が震えると思います。 死の圧倒的な脅威、にもかかわらず、再生する無垢の魂の力テンポのよい連作短編集でありながら、本書には、知的障害をもつ長男イーヨーを中心としたストーリーにしっかりとした展開と暫定的な結末が存在しているので、非常に読み応えがありました。ブレイクの詩からの引用、大江氏の過去の自作からの引用が本書にあったとしても、本書は、大江氏が自分の教養や業績をひけらかすためのものではありません。どの人間の人生も非常に無意味な死へと向かうし、人間は愚かな存在ではあるけれども、それでも、決して無意味ではない死に感応することのできる無垢な魂は再生への希望を宿している。たぶん、大江氏はそういうことが言いたかったのでしょう。笑ってはいけないと思いながらも笑ってしまった個所、思わず泣きそうになった個所がいくつかありました。読後、ぼくもまた、ブレイク、大江氏とともに、「新しい人」の眼ざめをいつまでも辛抱強く信じつづけなければならないと痛切に感じました。 |