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カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書) |
| - 講談社 価格 ¥ 735 | |
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カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)講談社 価格(new/used): 735 円 / 218 円 より 発売日: (2005-05-19) アマゾン売上ランキング: 31894 位 新書 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 3.0 / 総数: 26件 批判に晒されていますが本書は、Amazonも含むWeb2.0時代の知性の外部機関ともいえるデータベースと、欲望の照応関係を検討しつつ、 カーニヴァル化する再帰的な自己(「我は我なり」)の問題点を指摘している。 かなり批判的なレビューにさらされている本書であるが、見るべきところがないわけでもはない。 個人情報のデータベースの完備と、それにともなうプロファイリングが可能になったとして、もし「犯罪を起こすかもしれ ない集団」というものが特定可能になったとすれば、それを未然に防ぐ(リスクヘッジする)ことも、理論上は可能になる。 そのとき、未だ無実の人間を排除してしまう。それがリスク社会である(筆者はリスク社会が到来するとはいっていない。 技術革新によってリスク社会への可能性が開けること自体を危惧している)。 技術の進歩如何によっては、まさしくスピルバーグの「マイノリティーレポート」さながらの社会が実現してしまうかも しれないのだ。もちろんネガティブな意味合いで。 ここだけ読むのならば、文字通りSFめいた虚言癖として退けられても仕方がないかもしれない。 しかし果たして、それは単なる虚妄であるとはいいきれない事情もある。元来、殺人は家族という親密な空間で引きおこ されてきた。もちろん依然として、一番それの割合が多いのだが、この先、動機の不可解な殺人事件や通り魔が頻発し、それと同時に マスコミが我々の不安を煽るような報道を し続けるのであれば、「見知らぬ隣人」「趣味趣向のまったく分かり合えない赤の他人」と隣接していくことに、多くの人は本当 に耐えられなくなるかもしれない。 もし耐えられないのであれば「リスク社会における排除」は現実化する。 もし個人情報のデータベースのよって、犯罪発生率における「高リスク集団」が算出可能になったとして(例えば収入の高低、 家族関係、恋愛経験の有無等々のプロファイリングによって)、まだ何もしていない無実の人間を、管理や処罰の対象として 特化して扱うことが許されるのか。 当然のことながら、許されることではないだろう。 そんなことを、2008年6月8日の翌日になって書いておきたくなったもので。 難しい言葉で書かれているが・・・難しい言葉で書かれているが中身はそれほど内容に感じられます。 ただ、監視社会化という部分には共感できました。 日常的「祭り」化する深層ウェブ社会の思想―〈遍在する私〉をどう生きるか(2007出版)、を読んで前作を読みたくなった。1976年生まれの若手社会学者。 個人的には社会学という分野には疎いので引用あるいは参照される方々を知らないので理解が足りないとは思うが、非常に興味ある考察を「現在のネット社会」に対して行なっていると感じる。 フリーター、ニートとという集団は実は幾つかの分類が出来て、その分類の一部は「やりたいこと」の自分探しを長期間にわたって行なっていると。その理由として、やりたいことなら辞めずに続けられ、そのやりたいことは明確でなくてよく、やりたいことは必ず発見できると思っている事だと指摘する。そのような環境を生み出す一つの原因としてのIT社会(ネット、携帯電話、データベース)を検証している。特に感じたのは、所謂ネット社会は、より人間関係を希薄にし、自分自身の情報すら管理監視されるとともに、その管理されたデータと社会のデータベースが往復運度して自己の行動を決定する怖さだろうか。そして瞬時爆発的に「祭り」と化すネット上の様式が、さらに日常化していく恐怖である。そこには身体性も「はげしく考える」ことも欠如しているようである。 他の方も書いていましたが・・・この本を星5つで評価している方がいらっしゃるのにびっくりしました。 著者の言いたかったことは要約すると 「幸福感とは何かに帰属することによって得られるものである。 しかし現代何かに帰属しようとする者は自己満足で幸福にはなれるが、搾取される側になってしまう。」 というようなことです。 それをえんえん論点があっちに飛んだりこっちに飛んだり、他の本を読んでいないとわからない言葉を説明もなく使ったりしながら200ページ語られます。 まぁ、著者は気分が良かっただろうなと思います。 毎日をカーニバルにしたい。わたしたちがありもしない『何か』に向けて必死になり、 突然空気が抜けるように萎えてしまうのか? ということを ・NEET問題 ・監視社会 ・携帯電話への依存 ・・・ さまざまな観点から分析されており、 非常に説得力のある良書です。 ”祭り”に意味はない しかしその祭りに熱くなれ。 修行しろ。 ってのが師匠である宮台さん 鈴木さんは ”祭り”に意味はない しかしその祭りに熱くなれない人の 処方箋が必要。 と論じているのかなぁっと思ってましたが、 どうやらそんな単純な問題ではなさそうです・・・。 ふー。読解力がないぜーー。 しかし、 『君って毎日がカーニバルな生き方してるなぁ』 っというと、結構食いつきがいいようです。 しかし、一方で否定的な女性も少数ですがいるようです。 <現在修行中> しかし中流の人間がこの世の中に強度を求めて生きていくのは なかなかつらいですなぁ。 |