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共同幻想論 (角川文庫ソフィア) |
| - 角川書店 価格 ¥ 567 | |
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角川書店 価格(new/used): 567 円 / 280 円 より 発売日: (1982-01) アマゾン売上ランキング: 56850 位 文庫 / 通常24時間以内に発送 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 13件 言葉の定義は自由です著者なりの言葉の定義をしてみたのでしょう。内容はあまり実証的ではありません。 他者の論は実証されていないと言いながら、自分の考えは実証せずに言い切っています。 時代に影響を与えた本ということで読んでみたのですが、期待はずれでした。流行ということの意味を見たように思いました。 説得力のある言葉の定義を考える材料としてはいいかもしれません。 一読の必要性ある名著ではあるが。この本について、一言で感想を述べるならば、まさに以下の通りになるだろう。 この本に於いて、文学は解体された。 筆者である吉本隆明が本書の中で行っているのが、哲学なのか或いはその他の何物であるのかはよくわからない。しかし、そんなことは問題ではないのだろう。 この本に於ける最も画期的で、同時に最も退廃的なことは、すべての神話や伝承、民話に「共同幻想」という思想(或いは意義)がその存在意義として設定されてしまったことだろう。 確かにこの本は秀逸だ。 社会学や民俗学、或いは哲学を志す者にとって、一読の価値があるだろう。 しかし、読後のこの虚しさはなんだろう。 著者は結果を急ぎすぎたのではあるまいか。 われわれは、まず彼のこの秀逸な著作を読むべきである。しかして後、読者である我々はこの内容に異議を付加していくべきではないだろうか。 吉本隆明の最高傑作?世評では、本書が最も評判が高く、本書を以って、フランクフルト学派や、サルトルに比したりしているプロの論者まで出る始末だ。だが、自分の評価で行くと、「言語にとって美とはなにか」が最高傑作で、長期に亘って読まれるだろうと思うが、本書については首をかしげる。相性が悪かったといえばそれまでだが、なんでもっと単刀直入な書き方をしなかったのかと残念に思う。尤も、これくらい優れた文筆家になると、文体と思想は一体になっているところがあって、この文体無しで、「対幻想」を論じて見せることは出来たか、と言われると、返答に詰まってしまう。「対幻想」から、そして、「共同幻想」への転換は、実に見事で、注意深く読者が自己の体験と照らしていけば、その意味するところが、意識の中に再現される。つまり論旨がわかる、というよりもっと強烈なもので、自己が疑似体験してしまうのだ。とすると、多くの論者が「最高傑作」と言いたくなるのも良くわかる。だが、自己幻想、対幻想、共同幻想、という構えは、ヘーゲルの意識の構図をどこかで連想させる(内容は著者の独創だが)し、デュルケムの「集合表象」をも連想させる。その意味でどこか、「言語にとって〜」より独自性が減少しているかにも見える。「古事記」と「遠野物語」にテキストを絞ってみたりする方法論も、自分には評価できなかったし、エンゲルスの「家族・私有財産・国家」のような古くなった書物に妙な思い入れで付き合ったりするあたりも、不満が残る。だが、「存在と時間」を力技で、論点へと持ち込む辺りは思想家の面目躍如たるところだ。 難解だが魅惑的な論理構成作者の代表作で発表当時大きな話題を呼んだ。発表して数年後、大学紛争が起きる等、"進歩人"の間でマルクス主義が蔓延っていた頃、純粋論理で国家、宗教、法、家族等の問題を重層的に解き明かそうとした意欲的書。共同幻想、対幻想、自己幻想という3つの幻想領域を想定し、この間の内包関係、遷移関係等を通して、上記の問題に迫ろうとしたもの。「遠野物語」、「古事記」の2つの文献の分析に依って、著者の考える幻想領域の意味を次第に明確化し、最後に古代国家成立の考察に至る。 近親相姦が基本の対幻想から、規範を重視した共同幻想への移行という論旨は明快だ。卑弥呼と弟王の関係をアマテラスとスナノオの関係に連動させ、「古事記」の編者が考える国家の起源が、対幻想からやっと抜け出せるくらいの状態だったという結論も鋭いと思う。 途中で漱石の「道草」に触れ、実生活で対幻想が破綻している漱石が「道草」にその内容を織り込んだというエピソードは面白く、また難解な論理が続く本文のアクセントになっている。このレビューは再読後書いているのだが、初読の時気付かなかった点で、多くの箇所でフロイトの性幻想を過大に評価しているのは首骨できないと感じた。また、やはり「国家とは何か」という定義が欲しかったように思う(「国家とは共同幻想だよ」と言われればそれまでなのだが)。更に、本書は具体的国家を想定せずに共同幻想としての国家を論じているが、自己幻想も対幻想も崩れ、共同幻想も存在するかどうか怪しい現在の日本を著者ならどう論ずるか是非知りたい。 近代合理主義を根底から問う、世界に誇れる書物若かりし頃にこの書物を読み、その概念規定の曖昧さ(と思い込んでいた自分が居た)に何とチンケな本なんだと一笑に付していました。でも、歳を重ね、それなりに経験を積んで50代を過ぎて読み返してみて、ヨーロッパ的近代合理主義に毒され続けていた自身が恥ずかしいと、真剣に思えるようになった一冊です。近代合理主義が置き去りにしてきた、否むしろ人間の人間としての営みを不合理、或いは非合理として退ける以外に成立する根拠を持ち得なかった近代合理主義の曖昧さを、鮮明に照らし出す確固たる概念を提示している書物だと、今は確信をもって言える、日本発世界に誇れる国家-市民社会論です。 |