緑の瞳とズーム・レンズ (角川文庫)

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緑の瞳とズーム・レンズ (角川文庫)


角川書店

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発売日: (1992-10) アマゾン売上ランキング: 500464 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0 / 総数: 1件

究極の会話
片岡義男という作者名と題名から、この本を手にとった人はどんな内容を想像するだろう。この題名よりも、「ほんの少しだけ昔、下駄をはいて電球を買いにいった人」とか「飲料水の自動販売機が、雨に濡れて端から端まで連なる国」という目次に並んだ小説の題名のほうが、内容をよくあらわしている。外国生まれの緑の瞳をもつ女性と、その友人である「僕」が、日本の幾つかの場所を旅する。そして「僕」が町のディテールを観察し、経済学者の彼女がそれを分析する。

 かつて、豊かになりたいという個人の願望と、豊かになっていくための社会の変化が一致していた時代があった。それらのシンボルとして、二人は瀬戸内海のある島で、民家の板壁にネジ止めにされていた広告看板を見つける。鉄板にエナメルを焼き付けた看板には、赤地に白く、マツダ・ランプと書かれ、平凡きわまりない電球の絵が添えられている。あるいは製造会社名と、電気洗濯機という文字だけを書いた看板広告。

その後の大量生産と大量消費の時代がわれわれどんなふうに変えたか、二人は、標高1200メートルの高原のペンションで語り合う。一年をかけた旅の終わり、外房の海岸で、あらゆるものが相対科されたこの社会で、絶対的な価値のあるものは何なのだろうと考える。緑の瞳の彼女は、日本の社会を、「ほんのちょっとした衝動や、ほとんどなんの意味もない身体的な反射のような、個人的な主観による判断をもとに、そのときどきの自分の好みだけで動いている」と指摘する。この文章が書かれてから十年以上はたっているはずだが、悪くなりこそすれ、よくなっているとは思えない。

片岡義男がその後発表した『日本語の外へ』『日本語で生きること』といったエッセイの核は、すでにこの小説のなかにある。二人の男女が対等であるからこそ成り立つ、意識の拡大と深化をうながす静かな会話。そこに男と女の究極の理想の姿を見るのは私だけだろうか。